第一章
[2]次話
とんだ遺産
神聖ローマ帝国のある農村に住んでいるトマス=マーナーは一介の農夫であるが神聖ローマ帝国内に実によく知られた人物であった。
何故彼が有名だったのか、それは別に勇敢でも学識があった訳でも信仰心が篤い訳でも美男子であったからでもなかった。
とかく悪戯好きでいつも好き勝手に悪戯をして人を驚かせて困らせては大笑いしていた。その悪戯好きなことで有名だったのだ。
それは子供の頃からで人々はいつも困っていた、それで言うのだった。
「あいつは帝国一の悪戯者だ」
「困った奴だ」
「子供がそのまま大人になったみたいだ」
「あいつの悪戯はどうにかならないのか」
「大人になっても結婚しても変わらない」
「人が驚いて困るのを見て笑っているんだ」
「どうしようもない奴だ」
こう話していた、結婚して子供が出来て遂には孫も出来たが彼の悪戯好きは止まらない。髭は白くなり背中が曲がって動きが鈍くなってもだ。
悪戯好きは相変わらずでそれでだった。
彼にいつも注意をしている司祭はたまりかねて彼に言った。
「もう奥さんもお亡くなりなって曾孫さんも出来ましたね」
「ははは、長生きしてるなわしも」
「それではもうです」
そろそろと言うのだ。
「落ち着かれては」
「悪戯を止めろっていうのかい」
「それで余生を過ごされては」
「ははは、悪戯をしないわしはわしではないじゃないか」
マーナーは司祭に笑って返した。
「だからな」
「その悪戯はですか」
「止めないぞ、別に人や家畜が死んだり傷つく悪戯をしていないんだ」
こうした悪戯は確かにしていない。
「それならな」
「いいというのですか」
「そうだろ、しかしこれまで楽しんでいる」
ここでこうも言ったマーナーだった。
「わしが死んだら遺産を寄付するか」
「遺産をですか」
「ああ、まずはいつもこう言ってくれる司祭さんとな」
その彼にというのだ。
「ツケを溜めていく薬屋の旦那とな」
「あの人にもやたら悪戯をしていますしね」
「それにわしの埋葬を許してくれる判事さんにだ」
「あの人にもですし」
やはり悪戯をしているのだ、領主にもしていて怒り狂った領主に追い回されたこともある。
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