第三章
[8]前話
「貴方にとって運命の時ね」
「そうだよ、待ちに待ったね」
「モナリザを見る時ね」
「その時が迫ってるよ」
「あの絵の逸話は知ってるけれど」
どうして描かれたか、ナチスの魔の手からどうして逃れたのか。そうした話は有名なので知っている。
「まあ私としてはね」
「それ程だね」
「見られるのかっていう位よ」
「他に見たいものを見てるし」
「そんな感じよ」
「そうなんだね、やっぱり」
「ええ、けれど貴方はね」
「いよいよだよ、実物を見られるね」
そのモナリザがとだ、私に話してだった。彼は歩く速さを速めた。私も彼につられてモナリザのところに急いだ。
そうして見たモナリザは予想通りだった、これまで本やテレビで見たそのままだった。奇麗な女の人が微笑んでいる。まさにその絵だ。
私は実物のモナリザを見てこんなものなのねと思った、それだけだった。けれど彼はどうかというと。
満面の笑みでモナリザを見つつ私に言った。
「我が生涯に一片の悔いなしだよ」
「雷は落とさないでね」
「それはしないよ、ただね」
「実物を見られてなのね」
「嬉しいよ」
心からの言葉なのがわかった。
「いや、本当にね」
「そうなのね」
「うん、長年の願いがやっと適ったよ」
「見たいって思ってたのはわかってるけれど」
「だからね、もうね」
「悔いはないっていうのね」
「最高の気分だよ」
モナリザ、この絵をその目で見られてというのだ。
「いや、本当によかったよ」
「そうなのね、それじゃあ」
「うん、他の芸術品も見て回って」
「美術館を出たらね」
「甘いクレープを食べよう」
まさにフランスのお菓子と言うべきこれをというのだ。
「そうしよう、二人でね」」
「ええ、それじゃあね」
「他の芸術品も見ていこう」
私に満面の笑顔で話してだった、そうしてだった。
彼はモナリザから名残惜しそうに視線を外してそれから私を次の場所に連れて行ってくれた。モナリザは私にとっては実物を見ても何ともなかった。けれど彼にとっては長年の願いでそれが適ってとても喜んでいた。そうしえその喜びのまま私を次の場所に連れて行ってくれたのだ。これ以上はない満足感と共に。
モナリザ 完
2017・12・11
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