ターン92 鉄砲水と遊戯の王
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後輩たちに別れを告げてきてください」
鮫島校長のその言葉を最後に、この島で過ごす最後の自由時間が訪れる。自由といっても、どこで時間を潰そうかな。レッド寮の自室も、もう荷物はまとめて本土行きの船に乗せてしまったため、今更戻ったところで本当に何もない。となると、まあ、あの場所しかないか。正直なところ、今はあそこにもあまり近寄りたくはないけれど。
「はぁー……」
また、だ。我ながらやる気のないため息をこぼし、重い足を半ば引きずるように、それでもいつもの場所を目指し歩き出す。
……後ろから万丈目たちがこちらを見て、心配そうな視線を向けていることにも気づいていた。ただ僕の方がそれに背を向け、気づいていないふりをしただけだ。悪いね、こんな日にまで心配かけて。でもちょっと、僕はもう駄目みたいだ。
誰もいない階段を上り、がらんとした廊下を渡り、明かりのついたある部屋に。目をつぶっていても来ることができる、僕にとってはレッド寮と同じほどに馴染んだ場所だ。
「終わったよー」
「お疲れ様でした、先輩……と呼ぶのも、もう厳密には違うのでしょうが」
「そのへんはご自由にどーぞ」
扉を開けると、光がパッと目に飛び込んできた。食べ物が少しでもおいしく見えるようにと、かつての僕が本気でパンフレットとにらめっこして決めた色と明るさだ。だけどあの熱気も、今の僕にはもうないだろう。一番入口に近い椅子に無造作に腰を下ろすと、店番をしていた葵ちゃんが何も言わずに湯気の出る紅茶のカップを2つ持ってきた。それを机にそっと置き、僕の対面に当然のような顔で腰かける。
「……自慢じゃないけど、財布は空だよ?」
「最後までさもしい先輩ですね。私からの卒業祝いです、おごりますから大人しく飲んでください」
「ありがと」
僕はストレート派だけど、葵ちゃんは紅茶を飲むときにその余裕があれば必ず輪切りのレモンを乗せる。今回もその例に漏れず、彼女のカップには薄いレモンが浮かんでいた。それをストローで突っつきながら、ポツリと彼女が呟く。
「……先輩」
「なーに?」
ストローなんて使うのは勿体ないので、封を切らず脇にのけてカップに直接口をつけて一口。ふむ、悪くない。茶葉の量、湯の温度、どれも及第点だろう。洋菓子はともかく紅茶に関してはほぼノータッチだったから、僕がいつも淹れるのをひたすら見て覚えたのか。そういえば彼女がここに入って来た当初、とりあえずお祝い代わりに1杯淹れてあげた時は目を丸くして飲んでたっけ。
そんな昔の記憶を思い出しながら顔を上げると、さすがにこの数日でめっきり薄くなった僕の感情も動かされた。こちらをまっすぐ見つめていたのは、これまでに見たこともない彼女の顔……いまにも怒りだしそうな、それでいて今にも泣きだしそうな不安に包ま
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