変生
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おぉい――。
異形の群れが凄惨な表情を浮かべてにじり寄る。
常人なら悲鳴を上げて逃げ出すか、腰を抜かして気絶するところだ。
だが、山内くんがその凄惨な光景を目にして心に浮かぶのは恐れではなかった。
妙に心がざらつく。山内くんは先ほどおさまった暴力衝動がふたたび湧いてくるのを自覚した。
目の前で蠢く邪悪で醜悪な生き物を叩き潰したい。
我が身を害そうとする身の程知らずの賊を八つ裂きにしたい。
山内くんの身に宿ったなにかが反応し、牙をむこうとした。
その瞬間。
パァンッ!
紺が両の掌を打ち鳴らした。柏手を打ったのだ。
音に込められた冷たく澄んだ清冽な気によって周囲に満ちていた陰の気を祓い、さらにはふたたび鎌首をもたげていた山内くんの中の凶暴な気配をも消し飛ばしていた。
それはまるでなんの前触れもなく全身に水を、滝のように大量の冷たく透き通った清水を浴びせられたかのようだった。
突然のことにおどろきはしても、けして不快ではない。むしろ心地良さを感じる。
だがそれは人の身である山内くんだからであり、陰の気に満ちたものどもには痛撃となった。
狂相を浮かべて包囲の輪を縮めようとしていた異形の者たちのうち、一番手前のひとりが奇声をあげて弾き飛ばされる。
紺の打った柏手の余韻が、きぃんとした硬質の音が鳴り止まずに、聖なる守護の円環と化して山内くんと紺を包んでいた。
「あのナイフの人、角が生えちゃったんだけど、いったいなにが……それにこの厭な顔の人たちって、だれ?」
「あのナイフ野郎は変生したのさ」
「へんじょう?」
「そう。生きながらにして人ならざる存在に生まれ変わること。仏の功徳によって善き存在に変生する例もあるが、こいつの場合は悪いものに、鬼になっちまった」
「生きた人間が鬼になっちゃうなんて、まるで『鉄輪』だね」
「お、『鉄輪』だなんてよく知ってるなぁ山内」
鉄輪。
愛する夫に捨てられた女が、憎しみの果てに鬼と化し、夫を取り殺そうとする。能の演目のひとつだ。
「――人の心には誰しも陽と陰がある。風の流れや川のせせらぎなど、この世界を形造る森羅万象にも同じように陽と陰がある。その陰に見入られた者は外道に堕ちると言われている。人ならざる、異形の存在へ。その法は外法と呼ばれ、人の世に今もなお密やかに受け継げられている。こいつはあのナイフを触媒にした外法によって鬼になっちまったんだ。――それと、この薄気味悪い連中は人じゃあない、通り悪魔だ」
「あ、悪魔ぁ!? 悪魔ってあの、デビルとかデーモンとかの悪魔のこと?」
「そう、その悪魔」
「でも、みんな日本人みたいな姿に見えるんだけど。着ているのも和風だし」
「悪魔という言葉はもともと仏典に由来する仏教用語だぜ。仏教
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