かなしい奇跡
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漆黒のブーツをはいている。
漆黒の男。
何よりも異様なのは、その腕だった。その腕には無数の漆黒の羽根が生え、まるで腕が鳥の翼になったようだった。それでも腕は腕、普通の腕みたいにしっかりと機能するようで、男はその両の手に一双のつるぎを握っていた。
背中から生えるは闇色の翼。
その姿は無論、人間などではなく。宿した雰囲気もあまりに人間離れしていて。
「神様……」
思わず少女は呟いた。
男の翼が羽ばたくたびにそこから闇が生まれ、生まれた闇は他の人々に襲いかかる炎をかき消した。
「ごほっ、ご、ほっ……」
無表情の男はそう苦しそうに咳をして、軽く身を折った。それでも苦しみに表情がゆがむことはない。その姿を見て少女は思い出した。彼女はこの男の、この「神様」の正体がわかった。
「堕とされし者」。
名前なんて付けられない。この神様の家族はとんだ大罪を犯し、その後に自ら死んでしまったために「生き残った神族」たる彼が、一心にその責を負うことになった。ゆえに彼は病を付与され、孤独を付与され、そして堕ちた証として、漆黒の身体と異形を与えられたのだ。
この神に、仲間はいない。彼は一人きりの神だった。
望まぬ運命に巻き込まれてすべてを奪われた名もなき神は、気まぐれに救った少女を見た。
その口が、言葉を紡いだ。
「……どんな逆境にあっても懸命に生きようとする命は美しい。助けた理由は、それだけだ」
それは、ひどくかすれた声だった。
神は少女から視線を外し、無造作に一双のつるぎを振った。
一度、二度、三度。つるぎが振るわれるたびに見えない衝撃波が放たれて、少女の大切な者たちを縛る荒縄を断ち切っていく。
その姿はひどく冷めていた。この神は芯から枯れ果てていた。
それでも、それでも。一瞬宿った気まぐれが、少女を救った。
放っておいても、良かったのに。
「あ、あの、ありがとうございます!」
少女が思わず礼を言うと。
「神の気まぐれだ、礼を言われる筋合いはない。やりたいようにやっただけ……」
ごほっ、ごほ、と何度も咳込みながらも、どこまでも感情の感じられない淡々とした声で彼は言った。
彼はその虚ろな瞳で、全てを救い終えたことを確認する。そして何も言わずに、背の翼をはばたかせて飛翔した。
「もう、次は無い。奇跡を当てにするようになるんじゃないぞ、娘。自分は孤高の存在だ、基本は人間などとは関わらぬ。寄って長居はしない。……さらばだ、独立不羈の気高き娘よ」
どんな言葉も挟む余地を与えずに。
漆黒の神は突如として現れ、突如としていなくなった。
残されたのは、少女のみ。諦めなかった少女のみ。
彼女は呆けたようにしばらくたたずんだ後、自分の頬を熱いものが流れていることに気が付いた。
「あれれ
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