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気まぐれ短編集
赤い初恋 
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まだあのクマのぬいぐるみがあるだろうかという期待と、無くなっていたらどうしようという不安がないまぜになって上手く開けられない。それでも、これは私が新しい生活を始める前に必要な「儀式」だから。
 カタンと音がして開いたランドセル。私はそれをうやうやしく胸に抱いて、光にさらしながら中を見た。
 その中には。
「あっ……た……!」
 茶色いクマのぬいぐるみが。
 埃をかぶってくすんだ色をして、黒いボタンのきらきらした目で私を見上げた。
 私の初恋の人が最後にくれた、少し切ない贈り物。
 胸元に結ばれたリボンも、私がこれを封印したあの日のままだった。
 何とも言えない感慨が、私の中を通り抜けた。今日倉庫を整理しようなんて思わなかったらおそらくきっと、私はこれにまた会うことはなかったのだ。
 私はそのぬいぐるみをそっと胸に抱き、あふれる感情に身を任せて涙を流した。
 そのまま、しばし。
 不意に聞こえたウグイスの、少し間抜けで綺麗な声。その声を聞いてハッとなった私はクマのぬいぐるみだけをポケットに入れると、赤いランドセルに元通り蓋をして、それをそっと倉庫に戻した。まだ整理が終わっていないから。
 それでも、私はそのランドセルにお礼を言いたい。
「ありがとう」
 それが大切なことを、思い出させてくれたから。
 倉庫整理はまだ続く……。

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