プロローグ 獣の子
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〈プロローグ 獣の子〉
――今日も、暴れ出す。
グオルルル、ガオルルル。檻の中から響くは獣の声。
「ちょっと、あなた、何とかして!」
「知るかよ! 俺に振るな!」
「でももう、私には無理よ。耐えられないわ……」
唸る獣は家の地下。上の階ではある夫婦が言い争っている。何十、何百と続いた口論。それは今日もまた、繰り返される。
グオルルル、ガオルルル。地下では獣の唸り声。そのうち、何かを破壊しようとするような激しい衝撃音が家中を揺らし始めた。妻は悲鳴を上げてうずくまる。
「もう嫌、もう嫌ッ! ねぇね、あなた。こんな子、捨ててしまいましょう……」
彼女はそう言うと、何かに憑かれたような顔をして一気にまくし立て始めた。
「そうよそうよ、そうしましょう。あの子の餌に睡眠薬を混ぜて、麻痺毒も混ぜて動けないようにして、ここから遠く離れた村に捨てましょう。村に逆らう権利なんてないわ。私たちはふつうの身分じゃないんですもの。そうよそうよ、それがいいわ。最初からこうしていればよかったのよ。そうすれば私たちはもっともっと幸せな時間を過ごせたわ。最初の子も出来損ない、次の子は獸! ああ、私たちはいったい何がいけなかったの? みんなみんな、社会不適合者じゃないの!」
「落ち着きなさい、リルーサ」
夫が妻の名を呼んで、優しく彼女の肩を抱く。
「君の気持ちもわからなくはないが、そんなことをしたら罪に問われるぞ。俺たちは普通の身分じゃないんだ。この子を捨てたとして、その先俺たちに穏やかな日々が訪れるとは限らない。君が犯そうとしているのは国外追放されてもおかしくはない大罪だ」
「……覚悟の上よ」
リルーサの顔には深い深い苦悩の色があった。
「それでもそうするしかないの。ねぇね、ヴェリン。私たちは一生このままでいなければならないの? そんなの嫌よ。だから……あの子のことは忘れましょう。私たちは二人でまた、新しい子をつくればいいの。今度こそ、出来損ないでも獣でもない、普通の子を。それで私が普通の男の子を産めばきっと、罪は赦されるわ。――信じましょうよ」
いつしか唸り声も衝撃音、破壊音も止んでいた。暴れ疲れたのだろうか。また覚醒されたら面倒なことになる。その獣は、目覚めている内には止められない。
ああ、とリルーサは嘆息した。
「私たちは普通の人間なのに、どうして」
その綺麗なエメラルドグリーンの瞳からは、涙の雫がひとつ、ふたつ。
「どうして――どうして、あんな子が産まれたのでしょう」
神様教えて、と彼女は嘆いた。その背をヴェリンが無言で抱きしめた。
獣の子は二人の子。そしてヴェリンはこの国、共和政シエンルの次期国王だ。この国では生まれつき獣の耳や獣の尻尾を持つ者が多く生まれ、その人数はこの国の総人口の約40%もいるという
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