暁 〜小説投稿サイト〜
気まぐれ短編集
金色の秋 
[4/5]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
死体。息をしないあいつの身体。
 そうさ、あいつは死んだんだ。私はそう思っていた。
 しかし。
 あいつの胸が、膨らんで、

「……銀色」

 私をそう呼ぶただ一人の声が、
 死んだと思っていたあいつの声が、
 したから。

「金色!」
 
 疲れ切った身体を叱咤して、私は起き上がって彼の身体を両の手に抱く。
 その胸からは血が絶えず流れ続けていたが、その流れももう細い。
 ああ、死ぬんだなと私は思った。
 最初はただ命を助けられただけの関係だったのに。私が誘い、あいつが乗った。そうして絆を深めていった。
 赤の他人さ、戦場で出逢った赤の他人に過ぎないのに。彼の死が間近に迫っていると知って、私の心の中は悲しみでいっぱいだった。

「……銀色」

 私があいつを「金色」と呼んだら。ならば私の銀の髪の毛から銀色と呼ぶって、屈託なく笑ったあの笑顔。
 あいつは私をその名で呼んだ。そして途切れ途切れの息の中、私の知らなかった感情を、戦場に生きる私には無用だと強いて遠ざけていた感情を、短い言葉に乗せて私に投げてきた。
 そうさ、この感情は互いを激しく縛るから。口にしてはいけないものなのに。
 あいつは死ぬから。今しか言えないから。
 その言葉を、言った。

「……好きだよ」

 ずるいよ、金色。死に際に、最高に格好いいこと言いやがって。
 それはたった四音の短い言葉なのに、そう告白された瞬間胸がどうしようもなく熱くなった。そして気がつけば私は涙を流しながらも、震え声でつぶやいていた。
「……私だって好きだったさ」
 あえて隠していたこの感情。彼に命救われたときから抱いていた、熱い思い。
 私はあいつが好きなんだ! だからこそ……だからこそ! 死んでほしくはなかったのに……!
 涙があいつの血の気を失った顔に、ひとつ、ふたつ滴り落ちた。
「馬鹿がッ……! お前が誰かを守って死なないようにって……言ったじゃないかこの金メッキ頭がッ!」
「ご……めん……な」
 答える声はか細くて。漏れる息は虫の息で。
 それでもあいつは満面の笑みを浮かべて、その両手で私を抱き締めた。


「……もっと一緒に……いたかった……」


 その言葉を最後に、あいつの手から力が抜けた。
 その顔はとても優しげに微笑んでいて。
 私はあいつの口の辺りに手をやってみたが、もう息は感じられなかった。
 私はあいつの額に軽く口づけをして、もう一度、天を仰いでつぶやいた。


「……馬鹿が……」

 こうしてあいつは逝ってしまった。
 秋の冷たい風が、肌を撫でる。
 私の初めての恋はこうして終わって。
 私の初めて愛した人は、こうして死んでいった。


  ◆


 私は、秋が嫌いだ。

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ