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気まぐれ短編集
七夕綺譚 
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たのに、一体どうしてこうなるの? どうしてあの子はこんな目に遭わなくてはならないの。あの子はただ、生きたかっただけなのに! 私の心を情けなさと悔しさが支配して、激情が胸の内を吹き荒れた。
 それでも私は一縷の望みを掛けて、あの子の回復を願った。
 なのに。

 現実はあまりに残酷だった。
 願いなんて叶わない。七夕なんてまやかしだ。
 神様なんて、存在しない!

 手術室がにわかに騒がしくなる。飛び交う声、緊迫した空気。それからしばらくして、医者の一人が出てきて、マスクに隠された沈鬱な表情で私に言った。

「……手は尽くしましたが、裕斗くんは旅立たれたようです」

 その言葉が示すのは、あの子の死。
 必死で生きようとしていて、その最中にあって私を気遣ってくれた、優しいあの子の死。
「……嘘よ」
 私は現実を拒否しようとしたけれど。
 医者は、言うのだ。
「ならば死に顔を見ていかれますか?」
 私は虚ろな、幽鬼のような表情でうなずいて、
 見た。
 全身にチューブを繋がれたまま、苦しげな表情で絶命している、あの子の姿を。
 ついさっきまで生きていたであろう、あの子の姿を!
 触れた手は氷のように冷たく、その身体からはすでに命が消えていると、残酷なまでの現実を私に示した。                                                 
 私の心が崩壊した。私は叫んだ。意味のない言葉を獣のように叫んで、リノリウムの床に突っ伏して慟哭した。
 神様なんて存在しない! 願い事なんて叶わない!
 胸を覆ったのは絶望と悲哀。それはあっという間に私の中に広がっていき、私の全身を悲しみの色に染め上げた。
 あの子は生きようとしていたのに、必死で生きようとしていたのに、何故、何故、何故! あの子はよりにもよってこの七夕の日に、死んでしまったの! 夏の終わりまで生きられないと知ってはいたけれど、私はまだ、まだ、生きていられると思っていた。「長くても」なんて言い方されたら、それよりも早く死ぬなんて考えられない。
「嘘、よ……」
 激情が静まると、私は嗚咽した。あの子のために医者を志したのに、そのあの子ももういない。
 悲しみや怒りを吐き出してしまった後には、どうしようもないほどの無力感と虚無感だけが、私の中に残った。


 あの子が最後までいた病室には、あの子の願いが書かれた短冊が一枚、ベッド脇の机の上に置いてあったらしい。そこに書いてあった願いは、私宛だった。「僕がいなくなっても泣かないで、幸せに生きて」。自分の死期を悟っていたからこそ、心優しいあの子はあえて、私の幸せを願ってくれたのだ。あの子の優しさに胸が苦しくなる。あの子は最後まで、私のことを考えてくれていたんだね……。
 
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