ミストラル
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トンと風車の規則正しい音が、時計の時を刻む音に似ていた。目の前には大きな大きな風車内部の羽根が、回っていた。
それはどことなく幻想的で、美しくって。
僕は夢遊病者のように、ふらふらと一歩前に進み出た。
でも、たどり着いたそこは整備用スペースで、転落防止の柵なんてなかったんだよね。
僕は進み、あの子にぶつかり。
前にいたあの子はそのまま転落した。
回り続ける羽根の中に。
あっ、と思ったときはすでに遅かった。
僕は止まった。けれど、あの子は止まれなかった。
あの子は回り続ける羽根の中に落ちて。
あ、と小さく呟いて。
悲鳴すら上げずに。
その頭がすり潰されて、真っ赤なトマトジュースになって。
白いワンピースに、赤い花が咲いた。
その一部始終を、僕は淡々と見ていた。
怖くはなかった、血を見てもなんとも思わなかった。
ただ残ったのは、空虚。
そして、鈍く光る後悔。
あの子は死んでしまったのだと、心に焼きつけられた現実。
それだけだったんだ。
◆
こうして「ミストラル」はいなくなった。自由な風はいなくなった。
でも、不思議だよね。また巡ってきたあの子がいなくなった日に。
――風が吹く。
「ミストラル」と呼ばれた風が吹くんだ。
怨嗟の響きを乗せて、風は僕に恨み言をぶつける。
ねぇ、シオン。大好きだったのに。
どうして私を殺したんですか――?
僕はそれに応える言葉を持たないから。
だってそもそも。僕が「風車を上ろう」なんて言わなければよかった話なんだから。
僕は悲しみの風の中、作り終わったばかりの籠にたくさんの「シオン」の花を詰めて。地面にそっと置いて。
送り出す。
去年は「ミストラル」は吹かなかったけれど。
これが僕の恒例行事。
「ミストラル」を、風のようだったあの子を、僕の過ちで死なせてしまったあの子を、あの子の魂を、怨嗟の思いを。死者の世界に送り出すための恒例行事だ。
思いを込めて、地面に置いた籠。
刹那、突風が吹きすぎて、シオンの花だけをさらって行った。
ビョォォォォォオオオオオオオオオオオ。
風が吹く。
ああ、「ミストラル」が泣いている。
この償いはきっと、永遠に続くのだろう。
――そして僕は毎年。彼女の嘆きを見るのだろう。
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