巻ノ百四十三 それぞれの行く先その八
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治房もだ、兄である大野に言った。その後ろには秀頼の子国松がいる。父に似て大柄な身体つきである。
「では」
「うむ、これからじゃな」
「国松様をお連れして」
「薩摩に向かうか」
「そう致しまする」
「頼んだぞ」
大野は弟に強い声で告げた。
「国松様を必ずな」
「薩摩までですな」
「落ち延びさせてくれ」
「それがしの命にかえて」
「そうしてもらう、そしてな」
自分のすべきこともだ、大野は話した。
「わしは首を差し出す」
「幕府に」
「腹を切ってな、そしてな」
「右大臣様をですな」
「お助けする、しかしな」
「何かあれば」
「その時は真田殿が必ずじゃ」
今は姿が見えない、だが大野はそれでも幸村を信じている。それで確かな声で言うのだ。
「やってくれる」
「それでは」
「何があってもじゃ」
「右大臣様をお守り出来ますか」
「そうじゃ、ではな」
「はい、これでですな」
「今生の別れじゃ」
兄弟のそれであることもだ、大野は治房に話した。
「そうなる」
「左様ですな、では兄上」
「達者でな」
「今度は冥土で会いましょう」
「そこで共に飲み交わすか」
「茶でも酒でも」
「そうしようぞ」
兄弟でこう話をした、別れのそれを。
そうして治房は国松を連れて薩摩の方に落ち延びた。大野はその後で治胤と共に戦の場に戻ろうとしたが。
ふとだ、気付いた顔になって米村権右衛門彼が武士に取り立てたかつて自身の草履番だった者を呼んで言った。
「お主に娘を頼みたい」
「そのことをですか」
「今思い出した、そうしてくれるか」
「お任せ下さい、それがし必ずです」
「娘を守ってじゃな」
「そしてです」
そのうえでと言うのだった。
「立派に育ててみせます」
「頼むぞ、そなたならばな」
「修理様のご息女を」
「任せられる、それ故にじゃ」
「ご息女を授けて下さるのですな」
「そうしてもらう、よいな」
「有り難きお言葉。それがしを武士にして頂いただけでなくその様な大役を預けて下さるとは」
米村は感極まった感じの顔になって大野に応えた。
「何と嬉しいことか」
「そう言ってくれるか」
「はい、殿に取り立ててもらったのですから」
「それで、か」
「そのご息女を任せて頂けるなぞ」
「それが嬉しいか」
「ですから必ず」
「うむ、わしもそなたならと思ってな」
米村の人間性を見てというのだ。
「娘を任す、ではな」
「はい、これよりご息女をお連れして」
「大坂を出よ」
「そうさせてもらいます」
「水盃は出来ぬ、しかしな」
「これで、ですな」
「達者でな」
大野はその整った顔を笑みにさせてだった、米村そして自身の娘と別れた。そうしてそのうえでだった。
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