閑話 それぞれ2
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流れるのは、はるか昔に流行した音楽だ。
柔らかな音と落ち着いた雰囲気。
人気店なのだろう、店内はほぼ満席の状態であった。
カウンターで一人の男が、ちびちびとグラスを傾けている。
溶けた氷が浮かぶグラスに入る琥珀の液体は、すでに半分以上がなくなっている。
手に持ったグラスを回す視線は、優しいものだ。
思慮深く、落ち着いた雰囲気を伴わせている。
「おかわりは」
「もうしばらく待とう」
かけられた声に、小さく断りを入れ、隣の席を見た。
ほぼ満席のカウンター席に、一つだけ空いた空白の席。
一瞥すれば、扉が開く柔らかな鈴の音が聞こえる。
振り返り、男性――アレックス・キャゼルヌは、小さく片手をあげた。
「ヤン。こっちだ」
周囲に視線を這わせたヤン・ウェンリーが、キャゼルヌに気づいて、近づいた。
「すまない。ブランデーを二つ」
「ダブルでお願いします」
「かしこまりました」
注文を受けた店員が立ち去り、入れ替わるようにヤン・ウェンリーがキャゼルヌの隣に腰を下ろした。
「お待たせしました、先輩」
「いいさ。仕事が忙しかったのだろう。大変そうだな」
「なかなか人が多いと、決まりませんね。船頭多くして――昔の人は良いことを言いました」
「おいおい。作戦開始前から失敗した例を口にしてどうする」
呆れたようにキャゼルヌは笑い、残っていたブランデーを飲み干した。
「だが、ワイドボーンがいるんだと大変だろう」
「いえ。むしろ助かっています。キャゼルヌ先輩が知っているころの彼とは違いますよ」
「何だ。補給のことを考えずに、俺がいれば何とかなると今でも言っていると思ったが」
「それは、今も言っていますけどね」
「変わってないじゃないか」
「根本というのは。けれど、それをなすために何が必要か考えて、それを実行する力が彼にはある。みんなが天才と言っている理由もわかります」
「随分と褒めるじゃないか」
「変わりましたからね。今の彼とは戦術シミュレーターでも戦いたくはないですね。キャゼルヌ先輩こそ忙しいのではないですか?」
「まあな。この年度末に返すはずだった予算を急遽使うことになってな。いま担当は大忙しさ。今夜も徹夜だろう」
「よろしいのですか。先輩は飲んでいても」
「今日くらいは飲んでもいいだろう。それに。本来ならば、もっと早くに進められた仕事だ。最初から余った予算を返す前提で考えていたツケだ。ただ仕事をするだけで、何が必要なのかを考えていない。だから、こういう事になる。一度断られても、予算の理由付けと必要性をもって上に説明に来た装備企画課の少佐を見習ってもらいたいものだ」
「先輩が褒めるのは珍しいですね」
「それくらい馬鹿が多いということだ。嘆かわしいことだが。
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