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二条卿の歌
第四章
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「私は今もその恋に悩み憂いていたでしょう」
「そうなっていましたか」
「おそらく」
「では旅に出られてですね」
「私はよかったと思っています」
「それは何よりです、ただ」
 ここでこうも言った時成だった。
「その適わぬ恋のお相手の方が気になりました」
「私が想っていた」
「下世話なことですが」
 こう思うだけでもとだ、気品のある時成は思っていた。
「しかし」
「それでもですか」
「気にはなりました」
 ただしそのことを聞くことはしなかった、実朝の気持ちをおもんばかってだ。
「そのことは」
「そうですか」
「しかし適わぬ恋というものは」
 実にと言った時成だった。
「私はそうしたことがなかったので」
「そうなのですか」
「幸いにして、しかしそうした恋はですか」
「非常に辛いものです」
 実にというのだ。
「私もその恋で知りました」
「適わぬ恋の辛さを」
「はい、非常に」
 こう言うのだった。
「知ってしまいました」
「そして歌にですか」
「出ていました」
「そうだったのですね」
「しかしもう想いは消えましたので」
「歌もですね」
「今の様になりました、ではまた一杯いただいてから」
 赤い杯の中の酒を飲みつつだ、実朝は話した。
「また一首」
「詠まれますか」
「そうさせて頂きます」
 実朝は今度は今観ている満月を詠んだ、今度の歌も愛を入れていたがそれは想い人に寄せる暖かいものであった。
 時成の屋敷でそうした歌を詠い彼の屋敷を後にした、そうして彼と別れてだった。
 牛車に乗り屋敷から少し離れた時に実朝は牛車から顔を出してそのうえで屋敷の方を見てだ、こう言ったのだった。
「相手が誰かはあえて」
「あえて?」
「あえてといいますと」
 供の者達が彼に問うた、彼が詠っている間は適当に待っていた。
「どうされたのですか」
「一体」
「いや、何でもない」
 実朝は真実を隠して彼等に答えた。
「何でもない」
「左様ですか」
「では、ですね」
「今宵は屋敷に戻られ」
「そのうえで」
「休もう」
 こう供の者達に答えた。
「そしえ明日はな」
「はい、またですね」
「朝廷でご政務に励まれますね」
「そうされますね」
「そして歌もな」
 それもというのだった。
「詠おう」
「そうされますね」
「やはり旦那様は歌ですね」
「歌がお好きですね」
「うむ、今の気持ちを歌にしよう」
 歌は自分にとって絶対だ、何をするにも。実朝もこのことはわかっていてそうしてだった。その歌を詠った。
 その歌は時成に向けていた、そうしてであった。
 その歌を詠ってからだった、実朝は時成の屋敷から顔を離し牛車の中に戻って供の者達に言った。
「車を進めてくれ」
「では」
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