第七章
[8]前話
「ベートーベンもそうだけれど異才とか鬼才とか言うべきだよ」
「天才は駄目ですか」
「音楽で天才とは一人にだけ与えられた称号だよ」
「それ誰ですか?」
「モーツァルトだよ」
「ああ、あの人ですか」
そう言われると僕もわかった、モーツァルトは確かに天才だ。六歳かそこいらで作曲して始終作曲し続けて駄作なしとは何かが違う。
「そう言われると僕も」
「そうだね」
「わかるね」
「はい、モーツァルトは天才です」
「音楽では彼だけに許された称号だよ」
「モーツァルトですね」
僕はまたこの偉大な音楽家の名前を出した、この人も人間的には性格破綻者で下品なジョークが好きで下手の横好きのビリアード狂でいつもそっちでお金をなくしていた困った人だったそうだけれど。
「あの人だけですか」
「ワーグナーですら駄目だよ」
「そしてベートーベンも」
「そうだよ」
「そうですか、それでワーグナーは」
「異才か鬼才でね」
そう呼ぶべき人でというのだ。
「エリザベートとヴェーヌスで、ですね」
「女性の二面性を描いたんだよ」
清純と妖艶のだ。
「それがあの作品なんだ、そしてね」
「それは事実ですね」
「そうだよ、君は今日そのことがわかったね」
「はい、ただ」
「ただ?」
「いや、あの人はどうも」
彼女を思い出して部長に話した。
「清純さも妖艶さも凄過ぎて」
「それでだね」
「能もディナーも全く記憶に残らなくて」
それにだった。
「完全にあっちのペースで」
「仕事だとだね」
「やられましたね」
「完全にな」
「こりゃ下手しなくても」
僕は苦い顔になって部長さんに話した。
「この仕事あっちのペースになりますね」
「巻き返す努力をしないとな」
「はい、これからは」
「さもないとこっちが損をするぞ」
「そうですよね」
二人でこうしたことを話した、その僕の前には満月があった。黄色い満月を見て思うことはというと。
「和服のエリザベート、月夜のヴェーヌスですね」
「ヴィーナスだね」
「そうですね、どっちも見られました」
「女性の中にある二つの顔」
「このこと忘れないですよ」
この話をしてだ、そしてだった。
僕は自分の恋愛のことで女性のこの二面性を頭の中に入れることになった、この時から二年後僕は結婚したけれどだ。
その相手もだった、あの人みたいな正真正銘のお嬢様でなくて普通の人だったけれど昼は明るくて元気でだ。
夜はとんでもなく色香があった、その人と結婚して一緒に暮らす様になった。そして女性には二つの顔があることを完全に頭の中に入れた。
月夜のヴィーナス 完
2017・10・22
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