欲深
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天狗ってぇのは、山の神様みてぇなもんなんでしょうが、なんだって褐鴉の旦那はあっしのところで酒盛りを始めるんでしょうかねぇ。しかもどう見てもお供え物の高級な酒を持ってくる。神様だからなんでもありって言えばそれまででしょうが、これはいかがなものかとも思うんでさぁ。
「旦那、あっしも旦那と話すのは楽しいんで悪く言うつもりはねぇんですよ? ただ山神様がこんなとこでお供え物片手に酒盛りしてると知れた日にゃ、あっしはどうなるか分かったもんじゃありあせんし、旦那も皆から敬われなくなっちまうんじゃねぇんですかぃ?」
って、思った事を素直に行ってみたら、旦那は大笑いしやした。ものすごい声量もちいと堪えるが、勢いであっしの背中をバンバン叩くのは本当にやめて欲しい……。
「こんなとこで店やってる変人が、今更どうこうされる筈ねぇだろう。それに、俺様への供え物を、俺様が飲まねぇでだれが飲むってんでぇ。そんぐらいで起こるようなケチな強欲ものに慕われるなんざ、こっちが願い下げでぇ」
本当にこの天狗は自由過ぎやす。どこかの凄い神様でも呼んでこない限り、旦那の奔放は止められねぇでしょうなあ。
いつもの通り、旦那の勢いに押されつつやってると、お客さんが一人やってきやした。
流石に分別はあるのが褐鴉の旦那。まだ遠くにいるお客さんを見かけると、すぐに茶屋の屋根に隠れやした。
やってきたのは、盲目で杖を突いた坊主。ボロボロの服をきてて、長い間旅をしてるのがわかりやした。
「旦那、旦那。茶屋で一杯やっていきやせんかね?」
ちぃと気をつけながら声をかけると、旦那は快く足を停めてくれやした。
「こんな芒野に茶屋とは、中々赴きがあっていいですな」
空を仰いだ旦那は、そんなことを呟いたんです。
目が見えてないからでしょうかね。どうやらこの街道を芒野と勘違いしているらいいんでさぁ。盲目がどういう感覚なのかわからないあっしからすりゃ、ちょっと変な感じもしやすが、まあ、そういうこともあるんでねぇかなと。
その後旦那を丁重に縁台まで案内して、座ってもらいやした。こういうお客さんはあんまりいねぇもんで、やっぱり気を使いやす。
「金は沢山あるからね、いいのを出してくれ。棚から牡丹餅で沢山手に入ったんだ」
茶と菓子を用意しようとあっしが奥に入ろうとしたら、旦那はそんなことを言いやした。
振り向くとボロボロの布でできた袋みてぇのを懐から出して、あっしに見せてたんでさぁ。
やっぱり変なことに、旦那の言葉に反して袋の中には殆ど金が入っている感じがしない。袋に金が入ってるかどうかなんて、目で見なくてもわかるじゃねぇですか。なのに気づいてないみてぇなんでさぁ。
それでも、何かの勘違いなんだろうと納得して茶をいれやした。
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