第九章 伝説のはじまり
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椅子にぎゅうっと肩寄せひしめき合うように座っているトゲリン、敦子、八王子が、緊張した面持ちで定夫の言葉にこくこく頷いた。
定夫を含め四人とも、バリンバリン割れそうな顔だ。
テーブルの反対側には一人掛けの椅子が二台並んでおり、うち一台に、薄い色のサングラスをかけた背広姿の中年男性が座っている。
その隣は空席。サングラスの男性が、「こっち空いてるから」と促したのに、定夫たちが「メッサーラ、じゃなくてメッソーもないっ!」と、首と手をぶんぶん振って断固拒絶したのである。
と、そのようなわけで定夫たちは現在、米も餅になりそうなほどにぎゅううーっとくっつき合っているのであった。
ここは東京都杉並区和田にある、小さなビルの四階。
星プロダクション。
日本アニメが好きな現代人ならば知らない者はいないくらいに有名な制作会社の、自社ビルだ。
代表作は、「爆王伝ガイ」「くじゃくピーコック」「はにゅかみっ!」など。
「おお、押すっ、押すでござるよ」
定夫は、もう一度いうと、ぶっとい指につままれた判子を、ゆっくりと下ろしていった。
緊張した表情でトゲリンたちが見守っているが、四人の中で一番緊張しているのは、間違いなく判子を手にしている定夫自身であろう。
指先どころか全身が、雨に濡れた子猫の身震いのようにぶるぶるぶるぶる。子猫と違うのは、撒き散らすのが雨粒ではなく汚らしい脂汗というところか。
ちょっと気を落ち着けよう。ふーっ。落ち着こう。ふーっ。と、いったん手を引っ込めると、ポケットからハンカチを取り出して、眼鏡の下にもぐらせて顔面をぐりぐり拭った。
拭っても拭っても、脂汗がとめどなく滲み出て来る。
緊張からの汗だ。
脂肪に揉まれながらどくどく動く心臓が、その脂肪をぶちゅぶちゅ押し出しているのだ。そうかどうかは分からないがおそらく間違いない。
定夫は、この杉並区の地に降り立ったのは、今日が初めてだ。通り過ぎて秋葉原に行くのはすっかり慣れっこだが、地に降りたのは初めて。
世田谷とか、渋谷、新宿、池袋など、いわゆる山手線の西側やその近辺といったオシャレゾーンはただの一度も利用したことがない。いつも行くのは秋葉原、上野。行く用事はないが一番心が落ち着くのが新橋と巣鴨。
という事情というか性癖というか、からくる緊張もなくはなかったが、彼を現在襲っている緊張は、また別の、もっと、格段に、遥かに、とんでもないものであった。
何故ならば定夫たちは、
「『魔法女子ほのか』の著作権を譲る」
という契約書に判を押しに、ここまできたのだから。
譲渡にあたっては満場一致で即決したものではなく、色々と揉めた。
当然だろう
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