第四章
[8]前話
口の中に運んで食べてみた、そうして言うのだった。
「へえ、これは」
「いけるな」
「そうだよな」
「随分とな」
「美味いぜ」
「それもかなりな」
「手頃な大きさで食いやすいしな」
このこともあってというのだ、そしてだった。
客達はその寿司をどんどん食っていった、むしろ馴れ寿司よりも遥かによく売れた。そして最初出していた寿司はおろか用意していた飯とネタの分もだ。与兵衛は握って出した片っ端からであった。
全てあっという間に売れた、そして客達からこう言われた。
「また出してくれよ」
「この寿司美味いからな」
「むしろ馴れ寿司よりずっといいぜ」
「だからまた出してくれよ」
「美味いし食いやすい」
「だからな」
こう言われた、それで与兵衛もだった。家に帰って共に屋台を出していた女房に言った。
「おい、明日もな」
「ああ、そうだね」
女房も確かな顔で彼に答えた。
「この寿司を出そうね」
「そうしような、まさかここまで人気があるなんてな」
「思わなかったけれどね」
「しかしここまで売れたらな」
それこそというのだ。
「こっちの寿司を売らないとな」
「全くだね、じゃあね」
「ああ、明日も明後日もこれからはな」
「こっちの寿司でいくね」
「そうしていくからな」
こうしてだった、与兵衛は次の日もまた次の日もこちらの寿司を出していった。この寿司の名前は与兵衛寿司と仇名されてだった。
やがて江戸の他の者達も握る様になり江戸中に広まり江戸前寿司と呼ばれさらに日本全土に広まり寿司といえばこちらを指す様になった。寿司はそれまでは馴れ寿司であったがもうこちらの寿司を思い出す者はいなくなっていた。これが今の寿司のはじまりだがそのはじまりが馴れ寿司の代わりだったとは面白い限りである。今では寿司と言われても第一に思い出す人はいなくなってしまったこの寿司のそれだとは。そう思いここに書き留めていくことにした。少しでも多くの方がこの話を知って頂ければ幸いである。
江戸前寿司 完
2018・1・12
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