ターン89 鉄砲水と、覚悟
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う。チャクチャルさんの声は冷たかったが、今の僕にはその冷たさの中に潜む作りもののような嘘くささも聞き取れた。この神様は口こそ悪いけれど、どこか僕には甘い所もある。だからこそこんな、わざと突き放した言い回しをチョイスしたんだろう。
なんて頭ではわかっていても、やっぱり面と向かってド直球に聞かれるとガツンと来るものがある。
『冗談や笑い話では済みそうにないから、今のうちに確認させてもらう。実力が足りているかはともかく、マスター自身の覚悟の問題としてだ。あの女は恐らくダークネスにとっても最後の守り、切り札中の切り札。今後あの女と対峙してとどめを刺せる状況に陥った時、マスターにそれができるのか?』
「僕は……」
『地縛神たるこの私に命の尊厳などともっともらしく、そして反吐が出る言葉を口にする資格はない。あの女のような存在を果たして「生きている」と呼称することができるのか、などという話は哲学人にでも任せておけばいい。だが、これだけは私と約束してほしい。あの女に与えられた偽りの命を、マスターの手で終わらせると』
今度は、僕が無言になる番だった。その沈黙の隙間を、自嘲気味なチャクチャルさんの声が埋めていく。
『私を卑怯だと蔑むか?冷血と嘲るか?だが私も所詮、その程度の力しか持ち得ない』
卑怯?冷血?そんなこと、口が裂けても言えるわけがない。僕にはわかる。チャクチャルさんがどんな気持ちで、この通告をしているのか。要するにチャクチャルさんは、やっぱり僕に対してどこまでも甘い。優しいんだ。
今チャクチャルさんは僕を追い詰めていると見せかけて、実際はその逆……僕に、逃げ道を作ろうとしている。もしここでこの約束に僕が頷けば、ほんのすぐ後に来たるべき彼女との勝負に僕が勝ったとして、その時彼女にとどめを刺すことになる最後の決断を『約束だから』というのを言い訳にして行えるだろう。さらにその後でいくらその決断を後悔したとしても、怒りの矛先は最初にこの約束を持ち出したチャクチャルさんに向けることができる。決着をつけなくてはいけない僕ではなく、たまたまそこにいただけのチャクチャルさんが。本来ならば僕が1人で背負うべきその重みを、全て肩代わりして背負おうというのだ。
目頭が熱くなり、にじみはじめた視界から溢れそうになるものを精神力だけで強引に押さえつける。チャクチャルさんの献身に対する感謝の念もあるが、それ以上に自分の情けなさが身に染みたからこそ溢れた涙だった。僕が背負うべき業を他人が背負うと申し出て、それを恥じるどころか歓迎までしている自分がいたからだ。
『マスター?』
突然泣きそうになっていた僕を案じてか、心配げに声をかけてくる。それがまた情けなくて、そしてありがたかった。深く、荒く呼吸しつつフードを目深にかぶり、固く閉じた両目に力を
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