暁 〜小説投稿サイト〜
越奥街道一軒茶屋
灯愛
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全身で感じるおかしな雰囲気は晴れないままだったんです。
 結局その正体が掴めないまま、旦那は店を後にしやした。

 どんなお客さんでも、店を去っちまえばそれ以上の事はわからなくなる。旦那の抱える事情は結局わからず仕舞いになるのかと思ったんですよ。
 でも意外なことに、事情はすぐに分かったんでさぁ。

「あの、今さっきこの宿に若い男の人が来ませんでしたか?」

 旦那が去って少ししたとき、娘がやってきましてね、あっしにそう聞いたんですよ。
 妙な雰囲気の旦那の事かと、旦那の特徴を伝えて確認したら、娘は確かにそうだと認めたんです。

「その旦那、自分の恋人と旅をしてるって言ってやしたが、あんたさんが?」

 聞いてみたが、どうも違うらしい。
 それどころか何かに怯えるみたいに、顔を青ざめさせたんでさぁ。

「彼の言う恋人は、半年以上前に死んでいます」

 この言葉には流石に驚きやしたね。
 まあ旦那の様子をみればそんぐらいのことあっても不思議じゃないって感じではあるんですがねぇ……。
 とりあえず事情を聴くために、娘に茶を出して落ち着いて貰ったんですよ。
 したら娘は、旦那の過去をまるで怪談でも話すみてぇに、戦々恐々とした風にしゃべった。

 元々旦那が恋人と結ばれるのを許されなかったのは、身分に差があったかららしいんでさぁ。旦那は村一番の金持ちの子、対する女は貧困にあえぐ家の子、わかりやすい話ですよ。
 でも女が旦那を想う気持ちは相当に強くて、とうとう恋に焦がれて死んじまったんだと。
 旦那がおかしくなったのは、そこかららしい。

 もう女は骨になって埋まってる筈なのに、毎晩女が尋ねてくるとかいって、上機嫌になるようになった。
 当然そんなことあるわけないってんで、村の連中が夜に旦那の様子をこっそり監視すると、旦那が動く骨と親しげにしてた、と。

「私たちが困惑してる間に、とうとう彼はその女と結婚すると言い出したんです。誰が何を言おうと、彼は彼女が生きていると言い続けたし、結婚も、絶対に引きませんでした」

「なるほどねえ。恋の執念というか、そういうのに憑かれたってわけですかい。旦那は監禁までされたと言ってやしたが、ちゃんと事情があったと」

 あっしの言葉に、娘は頷きやした。
 どんな形であっても、霊に憑かれた人ってのは弱ってくんですよ。死んだ人とずっと関わってるからってのもありやすが、何より本来この世にいちゃいけないものと一緒にいると、生気っていうのか、そういう活力みたいのがはぎ取られていくんでさぁ。
 娘曰く、旦那もそうやって衰弱してったそうだが、あっしの前に現れた旦那は、全然普通の人だった。

 長い間憑かれてるのに普通に見えるのは、大体取り返しのつかないとこまできちまってる場
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