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越奥街道一軒茶屋
忠器物
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えなっていなけりゃ、かなりの価値がある鞍ってことなんでしょうなあ。
 戦を生業とする人達にとって、戦場で死ぬことが叶わないってぇのは、相当の無念だと思いやす。その無念が、戦の供、鞍に憑く。ありそうな話じゃないですか。

 鐙のほうのいわくも聞いたんですよ。したらこっちは呆気なかった。
 古戦場に落ちて動いてた、誰のとも知らねえ鐙なんだそうで。

「こっちはどちらかというと温厚だ。物に性格なんてのがあるのかはわからんが、そんな動きをする。そしてこれも俺の感覚だが、犬のような奴なんだ」

「犬?」

「そうだ。主と認めた奴にとことん従順で、忠義を忘れることがない。多分、こいつは人気もない荒れ野で、自分の役目を全うできるのを待っていたのだろう。物ってのは皆そうだ。人が作ったにも拘わらず、あるものは人よりも長命で、しかも必ず使命を持って作られる。だがこいつは、使命を持ちながら、使命を果たせる状態なのに、打ち捨てられた。想像のし過ぎかもしれないが、そう思うと使ってやらずにはいられなかった」

 物の使命、って考えには、感心させられやしたね。物を大切に使おうって人は多いが、その物に対してここまで情を移すことができる人ってのは、あんまりいないんじゃないですかねえ。
 気難しそうな人だが、多分、

「優しい人なんですねえ」

 そう、この人はとっても優しいんですよ。
 すると旦那は、肩を竦めてふっと息を漏らしやした。

「そう言われたのは初めてだ」

 口では言ってても、顔は照れを隠しきれてませんでしたねぇ。

 その後、旦那とは久しぶりに長話をしやした。
 やっぱりいい人とは、話してて楽しいもんですよねえ。
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