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越奥街道一軒茶屋
尸蝶の夢
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ところや、人里離れたとこで死んだ人らの身体を棺に入れて、ちゃんとした墓に届けるしごとなんですよ。その風貌から毛嫌いされることも多いって聞くんですがね、中々他の人にゃできねえことをしてる連中じゃあないですかねえ。

「その棺、気を付けてくれ。中に入ってるから」

 あっしの言葉に対しての旦那の返事はこうだった。
 お客さんの数を間違えてたみてぇだ、と思って、棺に軽く黙とうみたいにしやした。
 そして夜中の鳥を思い出したのはこの時だったんですよ。

 オンモラキ、ってのがいましてね。昨日の鳥はそれだったんじゃねぇかなあと。
 試しに旦那に聞いてみたら、どうやら昨日はこの近辺で野宿をしたらしい。ってことは、昨日の晩から旦那の背負ってる人はあっしからさほど遠くないとこにいたってことになりやす。
 オンモラキは、新しい死体から出る気、死気って呼ばれてるらしいですが、それが変化したものなんですよ。別に怨念とか、そういうのの類ではなくて、ちゃんと供養されてる死体からでも化けることがあるとか。

 あっし、この事を旦那に話したんですよ。
 旦那はちょっと驚いた様子でしたね。まあほとんどの人がする反応なんですが……。

「兄さん、その類に詳しい人かい」

 そう聞いてくるんで、まあ多少は、ってな感じで答えたんでさぁ。
 すると旦那は、手に持った湯飲みの辺りに目線を落として、少し黙り込んだ。

「だったら、死体から出てくる蝶ってのを、見たことはあるかい?」

 これぁ何か訳ありの質問だなってのは、すぐわかりましたね。

「生憎、死体を見ることすら稀なんでねえ」

 あっしが答えると、旦那はほう、と一つ息を吐く。

「俺ぁ、十年くらい前にこの仕事を始めたんだ。切っ掛けは、恋人が死んだことだった。死んだ理由はよくわからねぇ。死体は最初に俺が見つけた。あいつが一人で住んでた家で、人形見たいに倒れてたんだ。そこで俺ぁ、あいつの身体から出た蝶を見たんだ」

 魂が虫になって体から出ていくって話は聞いたことがありやす。蜂とか蝶とか、色んな場合がありやすが、実際それを見たって人は初めてでしたねえ。
 ちょっと興味が湧いて、どんな蝶だったのか聞いたんですよ。

 曰く、黒に白の斑点がある翅をもった奴だと。その黒は、高級な漆みてぇに、光りの加減で緑とか青とかが浮かぶような色で、それが死体からヒラヒラと飛んで行ったんだとか。
 想像してみりゃ、絶対に見たら忘れられない光景だと感じやしたね。

「自分の恋人が死んでんだ。普通はびっくりして大騒ぎすると思う。だが俺ぁその蝶に見入ってた。蝶のほうは、空いていたとこからすぐに外へ出て行ったんだ。それ以来その蝶が頭から離れなくなって、この仕事を始めた。棺運びは長い間死体と旅をする。だから
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