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霊群の杜
両面宿儺
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なら切り倒して燃やすよ」
これ以上の情報はこの男には必要ない。というか薬袋は俺が思っていた以上に危険な人間だ。俺がある『憶測』に至った事を知れば、薬袋は再び俺を殺そうとするかもしれない。俺は興味がない様子を装ってマフラーに口元を埋めた。
「好きにしたら。俺、もう帰るわ」
「あ、待ってよ」
薬袋に肘の内側を掴まれ、引き戻された。それは強い力ではないが、妙に粘りつくような引力を持つ引き方で…持たれている肘が粟立つのを感じた。
あのさあ、と呟きながら、ぬるりと俺の前に回り込み、俺を見上げるように覗き込んできた。口角は教会のタペストリーに描かれる聖人のような微笑みを浮かべていたが、その目は笑っていない。そしてこう云った。


―――なんで、花とか実をつけ始めた時期を聞いたの?


背中を脇を、冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。ああ…なんて迂闊なんだ俺は。どうして俺はこの男の誘いにたった一人で応じてしまったのだ。危険な男だと分かっていたのに、何故か『大丈夫』な気がしてしまっていた。
木の根元に、とんでもない地雷が隠されている。その上で俺は、自分が地雷を踏んでいることに気が付いてしまったのだ。
「ねぇ、どうして聞いたの?」
その言葉を聞き終わるや否や、俺達の周りの地面が土塁のように盛り上がり始めた。
「あ、あれ?」
けたたましい嗤い声が頭上から降り注いだ。無数の実が震えながら、口を歪めて大哄笑していた。俺達を睨みながら。全身が粟立つのを感じた。肘に掛けられた薬袋の手が、滑り落ちた。俺達を囲む土塁は震えながら膨らみ、俺達を囲い込んだ。
「かっ…」
鎌鼬を呼ぶのは間に合わない、土塁を突き破るようにして紅い根のようなものが無数に俺達目がけて襲い掛かる…俺は咄嗟に目を閉じた。


「鎌鼬」


よく通る、聞き慣れた声が鎌鼬を呼んだ…気がした。俺達を貫くはずだった樹の根はバラリと解け、ぼとりぼとりと地に落ちた。頭上で激しく嗤っていた無数の実は、ついと口を引き結び、その表情を消し…全てばらばらと地に落ちた。
「―――関わるんじゃなかった」
ようやくそんな一言を絞り出して、立ち尽くす薬袋を樹下に置き去りにして俺は走った。もうこの病院には近寄らない。そう心の中で呪詛のように繰り返しながら駅まで走った。その後のことはよく覚えていない。



『その通りだ。その樹の下には新しい死体が埋められている』
逃げるように自宅に駆け込み、布団に入って死んだように眠りこけたあとで奉にLINEメッセージを送った。念のため今まで連絡するのも避けていたのだが、今日はどうしても連絡せざるを得なかった。…もう、夜の八時を過ぎていた。
俺の代わりに鎌鼬を呼んだその声は、奉のものと断言出来たからだ。
『あの病院があった一帯、地価が安かったんだよ。昔な』
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