戦車は愛と正義を否定する 前編
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では、御自らお出向きになってご確認ください』
少年悪魔は、玖波に両手をかざす。
玖波の周囲の光景が後ろに飛び去り、その先にまた新たな光景が出現する。
そこはどこかの学校の戦車倉庫のようだった。
玖波は周囲を見わたし、すすけて古ぼけた小さな倉庫なのを理解する。
置かれている戦車もロートルやポンコツばかりだ。
彼が通う聖グロとは大違いだ。
そして戦車倉庫の隅には、聖グロではとっくに廃棄処分になったグラントの兄弟分、古ぼけてすすけたM3リーが置いてあり、そのかたわらで件の人物が弾頭の鉛リングを磨いていた。
戦車道の試合での顔合わせにさえめったに姿を見せず、直接会ったことのある者が大変かぎられているため、「大洗の天然記念物」と呼ばれる生徒だ。
むろん、玖波がそんなことを知るわけもない。もちろんどんな危ない奴かも。
だから玖波はズカズカとそいつに近づいて、無造作に声を掛ける。
「よう、お前男なんだってな?」
全身カモフラージュのうえに、リボンまでカモ柄の「大洗の天然記念物」は、聖グロのタンクジャケットを着ている男子生徒に目もくれず、次の砲弾をみがき始める。
「おい、シカトこいてるんじゃねえよ。
しかし、女装してまで戦車に乗りたいのか? 哀れだな」
天然記念物の手が止まる。しかし、あいかわらず黙ったまま、玖波の方を見ようともしない。
「ふん。僕のような世界一の戦車乗りになれる人間なら、女たちの方から、ぜひ戦車に乗ってくださいと懇願してくるのだがな。
実力もない奴を女装させて戦車に乗せてるこの学校ってどうよ。
だいたいどう見ても野郎にしか見えないんだよ、お前。
うすらみっともないぞ」
「……僕は、女だ」
天然記念物は、ようやく口を開いた。
あいかわらず玖波を見ようともせずに。
「はあ? どう見たって男じゃん。このオカマ野郎のシーメイルが」
天然記念物はみがいていた砲弾を静かに床におろす。
そして右手を後ろに回したままゆっくり立ち上がる。うつむいたまま。
玖波が、なにかおかしいと思ったときはもう遅かった。
「お前何……」
天然記念物はあっという間に玖波の後ろをとると、左手で玖波のほおをつかみ、万力のような握力でふさぐ。
右手には銃剣なのに、刃渡り30cmはありそうな代物が握られている。
「いったろう? 僕は女だと」
銃剣は玖波の左肩、肩胛骨と鎖骨の間をゆっくりと刺し貫いていく。
「ねえ君、トランスジェンダーって知ってる?」
銃剣はもう15cmは進んだろうか。
人間は剣で切られると、身体が硬直したようになるという。
坂本龍馬がすでに致命傷を負ったにもかかわらず刀を取って応戦した
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