435部分:第三十三話 鈴虫その十一
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第三十三話 鈴虫その十一
「とてもね。食べやすくて」
「香りもいいですね」
「優しく感じられるわ」
そこまで感じるというのだ。
「とてもね。それでね」
「召し上がられますね」
「アップルティーだけれど」
「はい、今シェフが作っていますので」
「それもお願いするわね」
「林檎ですか。いいことに冬も食べられますし」
「それと冬には」
「蜜柑もありますので」
果物は一つではなかった。もう一つあった。
「それもどうぞ」
「冬だからといっても何もない訳ではなく」
「ありますので」
「食べるものも見るものも」
「はい、ございます」
婆やもそれは言う。
「何もないものなぞありません」
「完全に何もないものはですね」
「この世の中はそういうものですから」
無の世界ではないからだ。だからだというのだ。
「ですから」
「そうですね。それでは」
「はい、御安心下さい」
真理を安心させる言葉も出す。
「そういうことはありませんので」
「では冬に花も」
「ございます」
それもだというのだ。
「冬であろうとも咲く花はあります」
「そうですか。ではその冬も」
「楽しみにされますね」
「これまで冬といえばです」
どういった風に考えていたのか。真理は今話したのである。
「ただ寒く」
「そうしてですね」
「風と雪だけだと思っていました」
そして枝には何もない。それが冬だと思っていたのだ。
そのうえだ。今の真理にとってはだった。
「しかも。冬に」
「奥様が」
「そう言われましたし」
医師の宣告を思い出しだ。暗い顔にもなるのだった。
だがそれが今ではだとだ。真理自身が話すのだった。
「ですがそれが」
「お変わりになられましたか」
「はい、生きようと思います」
これが今の彼女の言葉だった。
「是非共」
「そうです。冬も楽しまれて」
「そうしてですね」
「春まで生きられて下さい」
「その春に」
「桜達が待っています」
真理が必死に見ようとしているその花達がだというのだ。
「ですから必ずです」
「春まで生きて」
「そうしてです」
婆やの言葉は自然に真理に向けられるものになっていた。しかも一途に。
その一途なものをだ。彼女はひたすら言葉にして出すのだった。
その中にはだ。こうしたものもあった。
「それでなのですが」
「それでとは?」
「奥様は幼い頃いつも私と一緒でしたね」
「はい」
婆やが母親の様なものだった。いつも手を引かれていた。
その幼い頃も思い出してだ。真理も応えた。
「今でもいい思い出です」
「その中で冬はどうでしたか」
「温かいものでした」
確かに感じただ。その温もりを思い出してもいた。
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