暁 〜小説投稿サイト〜
儚き想い、されど永遠の想い
403部分:第三十一話 夏の黄金その七

[8]前話 [2]次話

第三十一話 夏の黄金その七

「ですから憂いなぞなくです」
「その時その時をですね」
「過ごしましょう。そうして」
「春まで」
 冬を越えていた。既にだ。
「春まで生きるのですね」
「そうされて下さい」
「わかりました。では時間のことは考えません」
 その長さや短さについてはというのだ。
「その時、その時を」
「生きていかれますね」
「三人で」
 そしてその時はだ。一人ではないのだった。
「そうさせてもらいます」
「では。今日のお昼ですが」
「何でしょうか、今日は」
「今年最後になります」
 こう前置きしてだ。義正は話したのである。
「素麺です」
「お素麺ですか」
「まだ暑いですから美味しいです」
 暦では秋だ。しかし世界はまだ夏だった。夏がまだ秋の前にいるのだ。
「それでどうでしょうか」
「そうですね。それでは」
「素麺を召し上がられますね」
「はい」
 真理は気を取り直した顔で微笑んで答えた。
「ではその様に」
「この子には素麺はまだ早いですが」
 義正は我が子も見た。今は小さな揺り篭の中で眠っている。
 その安らかな横顔を見てだ。そして言ったのである。
「やがてはです」
「お素麺もですね」
「はい、食べられます」
 そうなるというのである。
「必ず」
「そうですね。それでは」
「はい、最後の素麺を食べましょう」
「そうさせてもらいます」
「生姜に梅もあります」
 薬味でだ。それもあるというのだ。
「やはり素麺にはですね」
「お葱も必要ですが」
「薬味が際立ちます」
 素麺が何故美味か。薬味も際立たせるものだからだ。
「お素麺はいいものですね」
「うどんや蕎麦も」
 義正はここで他の麺の話もした。
「確かに薬味を際立たせてくれますが」
「それでもですね」
「はい、素麺程ではないです」
「お素麺はその辺りが不思議ですね」
「極端に細く」
 素麺の特徴だ。とにかく糸の様に細い。
「そしてその味はあっさりとしていて」
「だからですね」
「薬味を立たせてくれます」
 微笑んでだ。真理に話す彼だった。
「そしてです」
「さらにですね」
「素麺自体も立ちます」
 ただ薬味を立たせるだけではないというのだ。
「素麺もまた。薬味によって」
「さらに美味しくなりますね」
「御互いに引き立て合うものです」
「ええ。お素麺は」
「だからこそ美味しく。そして」
「そして?」
「親しまれるのだと思います」
 微笑んで真理に話す。そのうえでだ。
 義正は周りを見た。まだ夏の暑さの秋の中を。そのうえでの言葉は。

[8]前話 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ