第二章
[8]前話
「どれだけ悪事を働けば気が済むんだ!」
「映画やドラマのことですから」
「いや、違う!」
それはというのだ。
「あんたは本当に悪人だ!」
「そう言われましても」
「そんな極悪人を俺のタクシーに乗せられるか!」
吉田本人に叫んだ。
「別のタクシーに行ってくれ!」
「そうですか」
「そうだ、俺のタクシーにあんたみたいな極悪人は乗せられるか!」
こう言って吉田を返す、だが。
吉田本人はこの話が周囲に知られて話を振られるとだ、笑ってこう言った。
「いや、それもまたいいことで」
「いいことですか?」
「そうですか?」
「そう言われますか?」
「悪役だからね」
だからというのだ。
「そう言われるのも当然、そして」
「そう言われてこそですか」
「極悪人と」
「そう言われることが」
「そうだよ、いいことだよ」
まさにというのだ。
「そう言われたことは」
「タクシーに乗せてもらえなくても」
「それでもですね」
「よかった」
「そうですか」
「うん、別のタクシーに乗れたしね」
タクシー自体には乗れたというのだ。
「だからね」
「それで、ですか」
「よかったと」
「そうですか」
「映画の通り極悪人と呼ばれた」
「そうだったというのですね」
「そうだったよ、しかし思うことは」
「というと?」
「それは一体」
「いや、私は幸せ者だよ」
吉田は人格を感じさせる落ち着いた笑みで周囲に話した。
「そう言われる位だから」
「極悪人と」
「映画やテレビで言われている様に」
「演じているままに言われる」
「そのことは」
「それだけ演技者、俳優としてインパクトを与えていることだから」
そういうことになるからだというのだ。
「役者冥利に尽きるよ」
「そうですか」
「このことはですか」
「だから嬉しいですか」
「吉田さんとしては」
「そうだよ、このことは私にとっていいことだよ」
何も嫌なことは感じなかった、それが心にも顔にも出ていた。そうして吉田は悪役俳優として演じ続けたが。
よい立場の役も多くやっていてそちらでの評価も高かった、その為世を去った時にこう言われもした。
「惜しい人を亡くしたな」
「本当にね」
「あんな凄い役者さんけれど」
「もうあの演技を見られないんだな」
こう言って残念がった、彼を知る者はそのファン達の声を聞いて思った。
「吉田さんも役者冥利だな」
「そうだよな、あそこまで言ってもらって」
「本当に役者冥利だよ」
「全く以て」
こう言うのだった、吉田義夫という役者は実に幸せな役者だったと。彼のことを思いその彼を惜しむファン達を見て。
役者冥利 完
2017・9・14
[8]前話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ