391部分:第三十話 運命の一年その十一
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第三十話 運命の一年その十一
「それで、でした」
「では今は」
「好きでも嫌いでもありませんでした」
「でした、ですね」
「はい、今は」
言葉は過去形から現在形になった。そうしてだ。
真理は義正にだ。静かに述べたのだった。
「そうではありません」
「お好きですか」
「紫陽花と共にいる蝸牛達を見ていると」
やはり今だった。その今を見ながらの言葉だった。
「絵になりますね」
「絵にですね」
「はい、絵にです」
それになるとだ。優しい目で蝸牛達を見ながら義正に話すのである。
「なりますね」
「そうですね。確かに」
「奇麗ですね」
花達と同じくだ。そうだというのだ。
「彼等も」
「そう思われますね」
「はい」
まさにそうだとだ。真理は義正に述べる。
「こうして見ていると」
「紫陽花は花達だけではないですから」
「蝸牛達もいて」
「それに」
真理もだった。あることに気付いたのだった。それは。
花にも歯にも、蝸牛達の周りにもだった。水滴があった。
その水滴達を見てだ。真理は義正に話すのである。
「水ですね」
「確かに」
言われてだ。真理も気付いたのだった。
「そういえば先程まで降っていましたね」
「私達が屋敷を出るまでは」
「それでもですね」
「はい、ですが今は」
止んでいた。だがまだ花達は濡れているのだ。
無論二人が今立っている石畳もだ。そこもだった。
その中にいてだ。真理はそのことに気付いたのである。
「紫陽花には水も合いますね」
「梅雨のお花だからですね」
「はい、そうですね」
真理は微笑んで話した。
「紫陽花には雨ですね」
「雨の中で見るのもいいですが」
「こうして雨上がりに見るのも」
「奇麗です」
義正が微笑んで述べた。
「どちらにしても紫陽花には水ですね」
「梅雨にもまたこうした奇麗な花があって」
「はい」
「それでなのですが」
不意にだ。真理は紫陽花とそこにいる蝸牛、水滴まで見つつだ。義正に問うた。
「梅雨という言葉ですが」
「梅雨そのものですか」
「はい、どうして梅雨というのでしょうか」
「字にある通りです」
「字にですか」
「梅です」
義正がここで話すのはこの字のことだった。
「何故梅かというとです」
「それはどうしてなのでしょうか」
「梅の実が実るからです」
「梅ですか」
「そうです。あの春に咲いた梅達に実がなります」
義正は真理に話す。
「それが今だからです」
「それで梅雨なのですね」
「丁度雨が多くなりますので雨もついてです」
梅雨になるというのだ。
「その通りです」
「そうでしたか」
「そして雨が降って」
そしてだというのだった。義正はだ。
紫陽
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