恐怖を味わった高校生
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勉が、私立N高の二年生になったある夏の時だった。
学校の前に、サクラ、ケヤキ、ブナ……などが生い茂る、よく整備された公園があった。その公園の中ある遊歩道を十分程歩くと、市立図書館があった。図書館は、壁面が茶色で威風堂々として、たたずんでいたのだ。学校の図書室では、目ぼしい本は全て読んでしまっていた。
そこで、学校にはないハイレベルな本を求めて、初めてそこに行った日だった。司書の吉田さんと出会ったのは……。
熱心に殆ど毎日通ったのは、二回り位歳が離れている四十代の吉田さんと仲良しになったせいだろう。吉田さんは、まるで牛乳瓶の底のような分厚いレンズをはめた眼鏡かけていた。実際、そんなに分厚いと重たいのだろう、何度も、何度もずり落ちる眼鏡を、人差し指で押し上げていた。初めて市立図書館に来たので、彼はウロウロしていた。その時、優しく声をかけてくれたのが、吉田さんである。現在に至るまで母や祖母以外、勉を可愛がってくれた唯一の人だろう。
彼は、少し控えめな小さい声で恐る恐る尋ねた。
「西洋哲学を早く身に付けたいのですが、どんな本を読めば良いのですか?」
そう吉田さんに相談すると、大粒の汗を体中から噴出させて、本棚を三十分程走り回ってくださった。ビール樽のように太った体を、重そうに左右に緩慢に振りながら……。リノリュームの床が、きしむ音さえ聞こえた。
顔ばかりか、着ている洋服さえ汗染みに占領されていたのだ。
吉田さんは、勉の目を見ながら優しい声で言った。
「こんな本はどうかしら? でも、難しいかな? 貴男が希望するのはこんな本しかないのよ。ごめんなさいね!」
数冊の本を選んで渡してくれた。
「どうも、ありがとう!」
にっこりとほほえんで、直ぐに閲覧室で夢中になって読みふけった。読めば読む程、西洋哲学の奥深さを知ったのだった。
吉田さんが薦めてくださった、国内外の哲学者の作品を必死で読んだ。かなりの読書量であった。だから、寝る間も惜しんで、ていねいに、しかも、頭が麻痺しそうになる限界まで読んだ。大学院で学ぶレベルの書物さえ読破したのだ。
哲学を勉強した濃密な時間は、無上の喜びを勉に与えたのだ。
(鼻もちならない天才ぶった野郎だ!)
そのように皆から思われているのは、彼自身でも十二分に承知していた。
墨汁を刷毛で隙間なく塗ったような、雪を降らそうとたくらんでいる雲が空一面を占領していて、寒風が暴れまわっている凍えそうな日だった。
勉は、しきりに髪の乱れを直そうと、鼈甲≪べっこう≫の櫛をせわしなく使って、髪を整えようと無駄な努力をしていた時だった。
勉が校門を出た所で待っていたのは、髪を吹きすさぶ風に任せている深刻な顔をした吉田さんだった。髪の毛が乱れているのを、全く気にする様子はなかった。一種異様な姿を
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