2.春
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たいない……」
「いえいえ。それだけ僕の演奏に安心してくれているということですから」
『きゃー! 智久ー!!』『最高っ! さすが私たちのマスター!!』という楽器たちからの歓声は当然というか耳に入ってはないようで……智久という青年はそのまま『い、いくわよチェロっ……!!』と決意を新たにする木の棒みたいなやつを持って楽器にすちゃっと合わせ、『ど、どきどきするわ……っ!』という楽器の声が聞こえたその時。
「……」
智久の顔が変わった。さっきまでの、のほほんと気の抜けた笑顔から、まるで目の前の相手を視線で射抜くような鋭い眼差しに変わり、そして次の瞬間。
「……っ」
智久が棒みたいなやつを小刻みに動かし、左手で楽器の弦を押えながら、静かに、だけど情熱的に音楽を奏で始めた。
「ほわぁ……」
それに呼応するように、鳳翔がほうっと呆けたような表情で、智久を見つめていた。頬を少しだけ染め、まるで私の花を初めて見たときのように、熱心に智久を見つめていた。
2人を眺めていて、私はなんとなく気が付いた。きっとこの2人、あの提督と大淀のように、仲睦まじい関係なのではないだろうか。
そして今、2人は私には聞こえない声で、互いに相手に気持ちを伝えているのではないだろうか。
「……ッ」
「……」
智久の動きに熱がこもって来た。彼の真剣な表情は変わらない。ただ一心に、鳳翔に思いの丈を伝えている。
そして鳳翔も、それをしっかりと受け止めているようだ。目を閉じ、そして静かに智久が奏でる曲を楽しんでいる。
この瞬間、私は思った。互いに気持ちを確かめ合うこの二人の姿は、とても美しい。
ならば私は、鳳翔を見続けてきた者として、彼ら2人を祝福しようじゃないか。
「……ッ」
「……あれ?」
私は自身に咲き誇る自分の花から、静かに、私自身の香りを漂わせた。私には音を奏でることも、言葉をかわすことも出来ない。ならばせめて、彼ら自身が褒めてくれたこの香りで、2人の仲を祝福しようじゃないか。
「……ッ」
「……ふふっ」
――いいわよッ! ナイスアシストよみかんッ!!
――みかんなんかに負けてられないわ弓姉様っ!!
そんな楽器たちの声も聞こえ、美しい響きに磨きがかかった。私も負けじと2人に香りをまとわせる。
「……ッ!」
「……♪」
そうしてしばらくの間、2人は私達3人の祝福の中、互いに気持ちを確かめあっていた。
「……ッ!」
「……」
不幸なものが誰もいない空間。2人も、2人が紡ぐ言葉も、彼の手で気持ちよさそうに歌う楽器たちも……そして、彼らを祝福する私の心も幸せな、ここにいる者みんなが、幸せな空間だった。
………………
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