第3章 儚想のエレジー 2024/10
離れた場所にて:きっかけ
[1/5]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
水車の軋む、どこか穏やかな音色が屋内に木霊する。四十八層主街区に拠点を置くギルド《片翼の戦乙女》がギルドホームに備える水車は周辺のそれらと比較してやや大型であることからか、回転する音もゆったりとしたリズムを刻む。
この音が好きで、ヒヨリは他愛ない理由を見つけては折を見て遊びに来ていたが、ここ最近はその目的自体が変化していることに本人も自覚していた。ただ幼馴染と顔を合わせづらくなって、その溝が広がることを認識していたのに、それまでの関係が崩壊することを怖れて踏み込めずに時間を過ごして、気付いたら楽しい遊び場は避難場所へと変貌していた。
そんな陰鬱な感情に起因して、思い出されるのは今朝の出来事だった。自分でもどうして幼馴染を拒絶してしまったのか、改めて考えると理解出来ないでいた。ただ、このまま再び今朝に遡ってやり直せたとしても、ヒヨリはまた同様に拒絶してしまう予感があった。自分の心の中で得心のいかない部分があり、それが自分に端を発しているのか、それとも外的な要因であるのか、靄の掛かったような不明瞭なそれを見極めないと、きっと納得した上で向き合うことは出来ないという確信だけがあった。それ自体、幼馴染と向き合うことを怖れての言い訳なのではと指摘されると、ヒヨリに否定する自信の持てない曖昧なものであることに変わりはないのだが。
不健全な状況だと解ってはいても、堂々巡りの自問自答に何も出来ない自分にやるせなさを感じながら、出されたお茶に口をつける。甘い香りが鼻腔に伝わってはいるものの、精神的な影響か味の感じないまま少しずつ飲み下していると、ヒヨリの隣の空席に腰を降ろす人物が現れた。
「今日は元気がないね、何か嫌なことでもあったのかな?」
身に付けていた割烹着を脱いで畳んで膝の上に乗せた女性は、子供に接するような声音でヒヨリに尋ねた。その女性――――グリセルダは《片翼の戦乙女》におよそ一年前に身を寄せた、ギルド内ではまだ若輩にあたる人物だ。しかし人を惹きつけるカリスマ性と、他のギルドメンバーと比較して大きく離れた年齢からくる余裕、乃至は包容力じみたものによってやや特殊な立ち位置にある。グリセルダ加入以前からギルド内の財布や食事事情を管理していたギルドマスターであるクーネと合わせて《オカン属性》なるものを提唱されている。生来の面倒見の良さかどうかはさておき、事実として年の離れた妹というよりも、教え子や娘のようにギルドの仲間と接する姿は、明らかに他のギルドには見受けられない光景であろうか。
同時に、《片翼の戦乙女》に加入するより前からスレイドと交友を持つという稀有な人物でもあり、それ故かヒヨリと接する場面も決して少なくなかったのである。
――――更に言及すれば、スレイドに変調の兆しが見られるようになった時期と、彼女が
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ