遠い彼の地
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棲艦と相性が悪かった。おまけに気軽に芸人や音楽家を目指せる世相ではないため、つまらない上に政府の統制が及んでいるのだ。高価であるがために集団で視聴することを強制されるそれらは、情報の取り扱いを簡便にもさせた。
その点、何度も繰り返し愉しめ、共同体の共有財産に出来る本などは、国民に親しまれた。かつての日本がその分野で先進国だっただけに、現在まで生き残っている古典も多い。紙とペンがあれば、新しく生み出すことも可能ということもあり、新作の供給も絶えなかった。在りし日に比べれば高価とはいえ、紙は文明を支える重要な物品である。当然、政府から保護されていた。素人の創作であり、国家権力の介在を許さなかったことも人気の理由だ。
そうして普及した娯楽作品を、もっと手軽に数多く手に入れたいと考えるのは、まったく自然なことだった。暇な時間を利用するだけで、農奴から解放される可能性が生まれるとなれば、生産者としても大歓迎であろう。そして、それが政府の目に留まることもだ。
あの有明の祭りをもう一度という気運と、これらを規制、沈静化させようという動きは、その当時の日本を大きく揺るがせた。政府は国民が自由に情報を発信出来る環境を恐れるあまり、各地で暴動を誘発するという最悪の結果を引き出した。言葉を飾らずに表現すれば、エロ本が日本を滅ぼしかけたのである。
くだらないと笑うことは出来ない。経済的に逼迫した状況では、むしろそうした産業も下火になり、自家発電に頼る他なくなってしまう。なまじ、生活だけは恙なく過ごせるため、世にそのような女性が溢れることもない。人間は、上半身と下半身が、一体となって存在するのである。
何より、実際がどうであれ、農奴と化した国民と自立した国民、さらに将家とですら、法的に保障される権利に違いはないのだ。彼らはあくまでも、雇用契約によって縛られているのである。政府の方針には、誰もが警戒せざるを得なかった。
そのような情勢と、しかし、誰もがどう踏み込むべきか躊躇し、先行きに絶望しか見出せない状況で、篤胤は国会の雛壇に立った。手許にこれでもかと同人誌を積み上げて。
係る国難において国民の自由な精神活動を妨げることは云々と、この問題に対して政府を大上段から非難し、人間の卑しさも尊さも包括してこその文化であると断言した篤胤は、万雷の拍手をもって歓迎された。政府は過ちを認めて総辞職し、国は平穏を取り戻した。有明は熱狂した。
未だに当時の国会中継は伝説となっている。
この偉業によって犠牲になったものについては、もはや保胤も諦めている。おそらくは、父にとっても取るに足らない代償なのだろう。そんなものよりも、よほど価値ある何かを手に入れたのだから。
それが毎年送られてくる大量の薄い本の形をしていたとしても。
妻と、娘の将来における視線が恐ろしい
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