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提督はただ一度唱和する
伸ばした手の掴む先
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 カムチャツカ沖は陰鬱で非常に暗い海だ。海面は青いというより、碧いというべき濃い碧緑色であり、常に荒天に晒されてうねり、波濤を散らす。親潮の起源を示す豊かさの象徴ではあったが、同時に厳しさの具現でもあった。
 何よりも空を塞ぐ雲が、太陽を遮断して光を届けない。深海棲艦の出現に伴って活発化したカムチャツカの火山帯が、噴煙を吐き出して空を覆っているのだ。
 そのためか、大陸沿岸であるにも関わらず、例外的に深海棲艦の跳梁が穏やかで、艦娘であれば航行に問題のない海域だ。彼女らの護衛があれば、漁船の操業すら不可能ではない。
 しかしながらこの方面の進出は、これまで顧みられてこなかった。天候という面では、通常の船舶はもちろん、艦娘でさえ通過に危険を伴うからだ。その上、この地方はもともと開発もあまり進んでいない。
 カムチャッカ半島の地形も障害になった。非常に急峻なため、深海棲艦の攻撃を避けられるほど、内陸には拠点を構えられないのだ。さらに寒冷な気候まで重なれば、面倒ばかりが目につく。
 安全保障上も南方に比重が置かれるため、戦略的価値が低かったのだ。
 だが、艦娘をもってしても、南方の攻略は苦難を極めた。無数の島を取り合い、資源を確保し、支配地域を増やす度に防衛の難度は増す。輸送や陸軍の支援にも駆り出され、かと思えば、本土の近海にひょっこりと現れる深海棲艦の対処に追われる日々。
 明確に戦況が膠着したとき、誰もが心の内に焦りを自覚した。どこかで包囲を破らねば、痩せ細って枯死するだけだと。
 必要なのは、手を携えて難局へ立ち向かう友人の存在だった。
「で、向こうさん、何やて?」
「別に。報告だけして切ったわよ」
 交わす言葉は、吹きすさぶ風よりも冷たかった。木っ端より儚い身でありながら、建築物を丸ごと飲み込む荒波を器用に越えていく。海という大自然の中にあって、頼りない以前の幼い少女たちは、しかし平然とそれらに立ち向かっていた。まるで、何事でもないかのように。
「よそ様とはいえ、鳳翔やろ?」
「その通り、よそ様よ。緊急電だけで十分」
 叢雲のにべもない返答に、龍驤は空を見上げる。重く垂れ込める雲が、気鬱を増した。
「それより、触接は維持出来てるの?」
 二人を中心に、陽炎、不知火、黒潮、龍田が周囲を警戒している。耳と目に別々の仕事をさせる手際は、歴戦の風格が漂っていた。気の利いた兵というのは、盗み聞きが巧いものだ。当然、弁えた士官も独り言や、内緒話に親しむことになる。その傾向は、現場が過酷であるほど著しい。
「敵さん、艦載機は繰り出してこん。触接は楽やが、近づくんは無理や」
「何よ、師団規模の艦隊って。二〇〇〇個艦隊なんて、馴染みがなさ過ぎて出てこないわよ。直径二〇qの輪形陣とか、莫迦じゃないの?」
「知らんがな。よっぽど、大事なもんを
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