如何にも悲しく
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は欠かさずにおりました。お店をお許し下さった後も、このような機会のあることは覚悟しておりましたもの。そのように甘やかされては、立つ瀬がありませんわ」
まさに子供を叱るような、厳しくも甘やかな態度であった。まっすぐにぶつかってくる彼女の眼光に、抗えないものを感じて、つい目を逸らしてしまう。訓練に励んでいるなどとは信じられぬ、柔らかな手の平は、しかし彼を放そうとはしてくれない。その感触に誘われるようについて出ようとする謝罪の言葉は、彼の将家としての矜持が邪魔をする。
苦し紛れに出たのは、強がりにも似た懺悔だった。
「店のことは、御家の事情によるものだ。畢竟、政府への嫌がらせに認めたも同じ。お前が恩に感じることなど」
英康の言葉を遮って、彼女の笑い声が届く。視線を戻せば、やはり蕩けるような笑みが目の前にあった。
「きかっけなど。私たちは提督のお役に立てればこそ。何よりも、提督、貴方が私の夢を覚えていて下さって、それを叶えて頂けたのです。それだけで、いえ、それだけが他の何よりも重要なのですよ?」
前のめりに訴える彼女のからは、目眩がするほど香しい薫りがくすぐってくる。耐え難い衝動の荒波を何とか振り払い、英康は全面的に降伏した。
「好きにせよ。もう何も言わん」
完全に拗ねた子供と化した男の仏頂面に、涼やかな鈴の音のような笑い声が弾けていく。男としての体面を保つために、懸命に苦虫をかみ潰す彼は、そっと考えを改める。
自分の艦隊ぐらい残したところで、問題はなかろう。むしろ、他家よりも優位に立てるというもの。慈悲を見せれば、こやつらは逆らうまい。
守原英康は軍人として、そこそこに優秀であり、政治的動物としては怪物的な素養の持ち主だ。特に自己を正当化させるに当たって、何の躊躇いも制限もない。才能というべくない、精神性の持ち主だった。
その彼がこうまで拙く理屈を捏ねた例は、一生の内でも数えるほどしかない。
穏やかな時間は、地上の柵みとは無縁にゆっくりと過ぎていく。
しかし、何があろうと、どこにあろうと、逃れられないものも存在する。
「提督、緊急電です。カムチャツカ沖にて哨戒中の艦隊より、アリューシャン方面から大規模な深海棲艦の移動を察知。数は不明なれど、最低でも師団規模。繰り返す、最低でも師団規模を確認。なお、やはり未確認なれど完全編成の模様。至急、指示を乞う」
完全編成とは、駆逐艦を中心とした物資略奪を目的としたものではない。弾薬と燃料の許す限り、破壊と殺戮をもたらす精鋭軍を指す言葉だ。
それをもたらした鳳翔は、これまでの雰囲気をかなぐり捨てて冷たく硬い軍人の顔で英康の指示を待つ。
英康はただ、戸惑うことしか出来なかった。
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