216部分:第十六話 不穏なことその八
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第十六話 不穏なことその八
「お嬢様、いえ奥様は」
「私は」
「咳が出ておられました」
言うのはこのことだった。彼女の咳のことだった。
「思えばあれがです」
「風邪のひきはじめだったのですね」
「そう思います」
実際にそうだとだ。婆やは話すのだった。
「ですからくれぐれもです」
「今は静かにですか」
「できるだけベッドから出られず」
それで、であった。
「休まれて下さい」
「御食事は」
「婆やが持って参ります」
強い声で真理に告げた。
「ですから。まことにです」
「今日はこのまま静かに」
「されて下さい。退屈でしたら」
「その時は」
「婆やが本を持って来ます」
読書が好きな真理への言葉だ。
「そうしますので」
「すいません」
「これが婆やの務めです」
だからだ。礼はいいというのだ。
「御気に召されずに」
「そうですか」
「あと。音楽も」
これも忘れていなかった。
「かけますから」
「そうですか。それではですね」
「まずは何を聴かれますか?」
「シューベルトを御願いします」
「シューベルトですか」
「はい」
その作曲家のレコードをだとだ。婆やに話す。
「それを御願いします」
「シューベルトというと」
「野ばらがありますね」
シューベルトの代表作の一つだ。独逸のリートの代表的な曲でもある。
「あれを」
「レコードに書いてますか、字が」
「書かれています」
「では話が早いですね」
婆やは微笑んで述べた。
「では今すぐに」
「御願いしますね」
「思えば病気で寝ている時は」
どうなのか。婆やはこんなことも話した。
「退屈ですから」
「時間を長く感じてしまいますね」
「それがよくありません」
そうだというのだ。
「ですから余計にです」
「心をですか」
「弾ませるべきです」
それは何故なのかも話す婆やだった。
「病は気からですかな」
「そう言われていますね」
「病気の時に余計に気が滅入れば」
どうなるか。婆やは真理に話していく。
「そこからさらに悪くなります」
「病気が」
「ですから楽しい気持ちになりましょう」
「はい、それでは」
こう話してだった。婆やはそのシューベルトのレコードを取り出して蓄音機にかけてだ。そのうえで音楽をはじめさせたのだ。
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