SS:シンガーの歌が運ぶのは
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を歌っていると、一緒に踊らないかと……余計に変わったと感じたよ」
グリムロックさんは、俺を見て話しているというよりは、空気か何かに独り言を言っているような定まらなさでそんな事を言った。後ろの二人の胸中は複雑で、顔には恨みや哀れみが混ざった微妙な表情が現れている。
――さて、歌は万能のコミュニケーション手段じゃない。
歌っても響かない奴には響かないし、最初からクソだって決めつけてる奴にどう聞かせてもクソって言い返してくる。或いは俺の思い描いたメッセージとまるで別方向へひん曲がった解釈や、そもそも発想の飛躍した別解釈が飛び出すこともある。
しかし、グリセルダさんが好きだったという歌の歌詞は、そんな解釈を超えた温かさのある曲だ。その曲が果たして自失の彼に届くかどうかは分からない。それでもやはり、二人の始まりは本物だったと思いたい俺は、問答を打ち切ってギターを抱えた。
毎日のような生活を繰り返し、あっという間に日が暮れて――
人の気持ちなんて知った事じゃないとばかりに電車が揺れていく――
しかし腹が減ったな。ああ、暖かい家に帰って晩御飯にしよう――
そうして寄り添って、先の事を共有している二人が出会ったから――
こんな生活は始まっているんだな。きっと自分の両親だってそうやって――
男と女、いつの時代も互いに寄り添って生きている。今の俺にはそう言える程に親しい女性はいないし、こんなミュージシャンかぶれを好いてくれるもの好きが出てくるかどうかは甚だ疑問だ。だけどグリムロックさん、あんた一度はそれを手にしたんだろ?
結婚して、嬉しくて、幸せで、でもいつの間にか当たり前になって――
特別なのに、まるで特別じゃないみたいに思えるのに、それでもこんな近くにある――
そんな思いはきっと、貴方の胸の奥にもあって、鼓動を奏でている――
ねぇ、もう一度私の手を取って、抱き合って。このままなんて寂しいから――
昔の幸せを超える今の幸せを、手を取り合って見に行こうよ――
ああ、何だろう。本当に何となく、俺には自分で歌う歌詞が頭の中で形を成していくのを感じた。グリセルダさんというのは俺の中じゃいい年してはしゃいでいる年上の女性だったのに、どうしてか彼女がこの歌を通して何を感じているのか知れた気がした。
グリセルダさんも、グリムロックさんに言いたい事があったんじゃないのかな。
それは一人では到底届かないし、それは今までの通りの夫婦では叶わないから――
私は変わるから、貴方も変わって。それできっと、違う景色が待ってるから――
そこにきっと、最初の愛から繋がった先が待っている予感がするの――
俺が歌い終わって、周
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