後編 侍と忍者
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――この日の夜。
部活の帰り道の只中で――千歳は、予想だにしないタイミングで「その時」に直面していた。
「あんたっ……!」
住宅街の通路を阻む取り巻きの男達。その中心に立つ蛭浦は、昼の時のような涼しげな表情とは正反対な、好色の笑みを浮かべていた。
下卑た表情で口元を釣り上げた彼の貌は、もはや「人」のそれであるとは思えないほど、歪んでいる。
(甘かった……! まさかここまで、強引に出てくるなんて!)
いくら権力を傘に着た卑劣な人間だとしても、血の通った人間には違いない。それに、権力に見合うだけの「立場」も背負っている。
帰り道の女子高生を誘拐するなんて、かなりの権力者でも揉み消すのは難しいほどの事件を、そうそう起こせるはずはない。そんな甘い見通しが、この事態を招いていた。
多少の暴力行為などとは、比にならない犯罪。それを彼らは、躊躇なく実行に移そうとしている。
「……なによ。そこどかないと、大声出すわよ」
「出せばいいよ。僕が一声かければ、誰も僕を捕まえようとはしなくなる。そう、誰も僕を止められない。誰も、僕を捕まえられないのさ」
「……!」
その危機に直面してなお、千歳は気丈に振る舞い弱みを掴ませないようにしている。だが、彼女の脅しもまるで通じない蛭浦の様子に、ただならぬ薄気味悪さと恐怖も覚えていた。
「……っ!?」
逃げねばならない。そこに思考が辿り着き、後退りを始めた瞬間――彼女の口に、突然ハンカチが押し当てられた。
(……ぁ……!)
何かの薬品を染み込ませたその一枚を、背後から忍び寄っていた取り巻きに嗅がされ――千歳の意識が、遠のいて行く。
(……父、さん、母さん……!)
地に倒れ伏す絶世の美少女。その豊満な肢体を手に入れるための、獰猛な獣が――舌なめずりを繰り返していた。
「僕を拒む女なんていない……いちゃいけないんだ……ひ、いひひ……」
◇
「お兄様。蛭浦の愚息が、尻尾を出したようですわ」
「ああ、すでに則宗から報告を受けている。間も無く、現場を押さえて捕縛するそうだ」
その頃。救芽井エレクトロニクス日本支社のとある絢爛な一室で、久水茂と久水梢の兄妹は茶の席に着いていた。
紅茶を嗜むスキンヘッドの強面は、ガラス壁から一望できる東京の夜景を、神妙な面持ちで見つめている。
「獅子身中の虫――とは、よく言ったものだな。蛭浦は長く我々に仕えてきた名家だったが、そろそろ幕を下ろす時か……」
「権力を預かる者としての務め――ノブレス・オブリージュを忘れた者を、自力で矯正出来ない蛭浦グループは解体させるより他ありません。他の傘下企業から代わりを選出して、頭を挿げ替えることにしましょう」
「人選はお前に任せる。――そ
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