後編 懐かしい香り
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「オラァッ! まだあんだろ、まだ出せよ!」
「は、はい……!」
突如、モーテルのロビーに押し入った強盗。近頃噂になっていた、危険人物だ。
拳銃を振りかざし女性店員を脅す、その男の眼は焦点が定まっておらず、口元からは涎が滴っている。
薬物に詳しくない人間でも、一目で判別出来てしまうほどの、重度の薬物中毒者。その闇に取り憑かれた男は、薬を買う金欲しさに凶行へと走っていた。
「ひ、ひいぃ……!」
すでに正気ではないからか、あるいは見せしめか。
居合わせた客や他の店員達も銃撃の対象となっており――ロビーから逃げ出そうとした数名が、すでに何人も銃殺されている。
足元に転がる遺体から、花が咲くように広がる血の海に、この場にいる誰もが戦慄していた。
「く……!」
その中には、ここを溜まり場にしていた三人組も含まれている。彼らは、自分達の町を己のエゴで荒らす強盗を睨む一方で――銃という物理的な圧力に、抗しきれずにいた。
彼らの中には、女性店員の弟もいるというのに。
男はロビー全体を見渡せる位置に立ち、全員を監視しながら、店員に金を積ませている。護身用の銃を抜こうにも、その前に気づかれてしまう立ち位置だった。
「みんなッ――!?」
「ッ!? バカ! 来るなケンイチッ!」
その上、状況はさらに悪化して行く。
銃声を聞き付け、この場に正面から剣一が駆け付けてきてしまったのだ。三人組が声を上げるより早く、剣一の頬を銃弾が掠める。
「……!」
「動くなよ……お前も!」
血走った強盗の眼と視線が合い、剣一の頬を血と冷や汗が伝った。僅かに掠めた銃弾による傷が、一歩間違えば死――という現状を否応なしに突き付けてくる。
そうして、誰一人として動けなくなったことに気を良くしたのか。強盗はさらに昂るように、金を積んでいた女性店員の背中を蹴る。
店員は短い悲鳴を上げ、それでも「死にたくない」という一心で、無我夢中に金を積み続けていた。
生きるために。命を繋ぐために。
誰もが必死だった。
「……よぉし。もぉ、いいぜ。ご苦労さん」
そんな懸命な姿勢を、嘲笑うためか。
強盗は、女性店員を解放するかのように囁くと。
自分の命に光明が差したと、僅かに口元を緩めた彼女を。
――幸せな夢が覚める前に、後ろから撃ち抜くのだった。痛みはおろか、自分が撃たれたことさえ気づかないように……後頭部を狙って。
乾いた銃声が止んだ後。
時が止まったかのように、静寂に包まれた空間の中で――瞳孔を開いた女性店員が、力無く倒れ伏した。何が起きたかもわからない、といわんばかりの表情で。
斯くして、もうすぐ生きられる、と希望を
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