後編 懐かしい香り
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看板――「らあめん雨季」の文字を見遣る彼は、ふっと穏やかな笑みを浮かべて暖簾をくぐる。
そこで彼の前に、溌剌とした表情を持つ長身の少年が現れた。
「へぇいらっしゃあせぇえ――ってあら? お客さん最近よく来るねぇ」
「ふふ、またいつものお願いします」
「はいよぉ! ちょっと待ってなァ!」
明朗快活で底抜けに明るく、自分の運命を変えたあの少年とどこか似ている彼に、剣一は微笑を送る。オーダーを受けた長身の少年は大仰な声を上げながら、厨房へ直進していった。
「橘花様。このままでは他のお客様への御迷惑にもなりかねません。やはり、雨季様の狂騒を阻止する手段を、真摯に検討する必要があると愚考します」
「う、うーん……陸君は単に元気いっぱいなだけだから、僕はこれでいいと思うんだけどね……」
その時。カウンターに座っていた三人の少年達の一人が、冷たく口を開く。なんとかフォローしようとしているもう一人は、苦笑いを浮かべていた。
「おらぁ、元気いっぺぇなのが一番だと思うだよ。幸人君もあんまり気ぃ張ってっと、眉間のシワが戻らねぇべ?」
「海原様。御忠告は誠に痛み入りますが……雨季様の常軌を逸する言動は、些か目に余るかと」
「ちょ、ちょっとちょっと待て幸人! あんまりそれ以上酷いこと言わないでくれる!? 泣いちゃうよ!? オレ泣いちゃうよ!? 年上泣かすなんてお前それでも血の通った――」
「雨季様。調理中に私語は謹んでください。衛生面においても接客面においても……致命的に不愉快です」
三人目の、浅黒い肌の少年がのほほんとした声色で宥めるが、最初に口を開いた少年の毒舌は止まらない。あまりの言い草にたまらず声を上げた少年にも、容赦無く言葉の刃を突き立てる。
「――うわあぁああん! 隼人さーん! 凪さーん! 幸人がぁぁ! 幸人がいじめるんだぁああ!」
「あはは……はいはい、よしよし。いい子、いい子」
「おっきい赤ちゃんだべなぁ」
「……私の言い分に誤りでも?」
それに耐え切れず泣き出す少年を、微笑を浮かべる二人の少年が慰め、毒舌を繰り返していた少年だけは冷ややかに見つめていた。
そんな四人の少年達の遣り取りを、遠くの席から剣一は静かに見守っている。
偶然にもこの場所で巡り合った彼らは、互いの素性を知らないまま友人としての付き合いを続けていた。
その中には、あの橘花隼人の姿も伺える。
彼は剣一には気づいていないようだが、剣一自身にとってそれは大した問題ではなく。今の彼が幸せな笑みを浮かべていることこそ、何よりも大切なことであった。
(エグバート……デレク……コーディ……)
和気藹々と、四人で過ごした平和な毎日。束の間に終わった、あの田舎町での日々が脳裏を過る。
あの時の
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