後編 懐かしい香り
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いう事実に改めて直面する。
(僕は、僕はそんな……!)
この少年だって、本当は怒りをぶつけたいはずなのに。なぜなんだと、叫ばずにはいられないはずなのに。
それでも、内に秘める激情を押さえつけ、友のために笑おうとしている。庇おうとしている。全ては、自分の甘さが招いたことだというのに。
――命のために理想を捨てる、覚悟がなかったせいだというのに。
彼は、それでも笑ったのだ。甲侍郎の理想に沿おうとする剣一の思想を、肯定するために。
(その結果が、その結果が……!)
そんな彼の優しさに甘えた果てに、待っていた結果がこれでは。その優しさに応える術すら、失われてしまう。
「エグバート、デレク……ごめん……」
「ケンイチ……」
そうなってはもはや、償う資格すらない。自分が彼らに出来ることといえば……二度とこの街に近寄らないことくらいだ。
この街から、姿を消すことだ。
剣一は、そのような自責の念を引きずりながら。街を去り、少年達の前から姿を消してていく。
寂しげな背中を見送る、友人達――否、かつての友人達は、そんな彼の消えゆく様を、ただ見ていることしか出来なかった。
剣一自身が求めたように、彼らもまた――心の奥底で願っていたからだ。
ここから消えてくれ。
……と。
◇
「お兄ちゃん、おかえりなさい!」
生涯消えることのない傷を胸中に受けたまま、剣一は山岳の中にある救芽井研究所に帰還した。そんな彼を、無垢な妹分が出迎えてくれる。
力の無い愛想笑いを浮かべる彼は、最後の買い物となった紙袋をリビングに運ぶと――そこで、甲侍郎と居合わせた。
彼の胸中を、何処と無く感じている彼は神妙な眼差しで少年の瞳を射抜いている。
「……ただいま、戻りました」
「……あぁ、ご苦労だった。疲れたろう、シャワーを浴びたら食事にしよう。華稟が好物を用意している」
「……」
剣一は彼から目を背け、キッチンで娘と一緒に料理を続けている華稟の背中を見遣る。そこから鼻腔を擽る香りは、唐揚げのそれであった。
促されるままにシャワー室へ足を運ぶ剣一。彼はリビングを後にする寸前で僅かに振り返ると、横目で甲侍郎を一瞥する。
「甲侍郎さん。……僕達のしていることは、本当に……正しいのでしょうか」
「……わからん。だが、私は正しいと信じて進んでいる。疑いなく信じ抜ける絶対の正義など、存在しない」
「……」
「だからこそ、己が正しいと思う道に邁進するより他ないのだ。誰かに過ちを正される時まで、な」
剣一が胸の内に抱える闇。その全てを知ってか、知らずか。甲侍郎は真摯な眼差しで、そう言い切って見せる。
「……そうですか」
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