後編 懐かしい香り
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そして瞬く間に襲い掛かってきた新手に、強盗が反応するよりも速く。緑の仮面に泣き顔を隠す少年が、鋼鉄の拳を振り上げる。
(正しいとか、間違いとかじゃなかった! 悪でもいいから、過ちでもいいから、何でもいいから、助けるべきだった! 命だけは、守るべきだった! 守るべきだったのに、僕はッ!)
自分は今、泣いているのか。叫んでいるのか。
何もかもわからない。ただ振るわれた拳が、強盗の顔面を掠め――その背にある壁を打ち砕いたことだけは、確かだった。
その拳に伝わる衝撃は、神経を通して正しい情報を脳に送っている。マスク越しの視界の中で、強盗が腰を抜かして失神していることも。
だが、もはや強盗の生死などどうだっていい。振るわれたこの拳も、ただやり場のない嘆きをぶつける先を探していたに過ぎない。
――守るべきだった命が、喪われた後なのだから。
◇
それから間も無く強盗は逮捕され、駐在していた警官による事情聴取が始まったのだが……「緑色の服を着た少年が一撃で壁を砕いた」という目撃者達の突飛な証言は警官達に受け止められることはなく、当の少年も姿を消していた。
そのため、田舎町という辺境に身を置く故に怠惰に過ごす警官達により、事件そのものが迷宮入りとなっている頃。
「なんでだよ……なんであの時、すぐに動いてくれなかったんだよ! ケンイチがあの時になんとかしてくれりゃあ、コーディは死なずに済んだんじゃないのかよ!」
「……」
街から遠く離れた荒野の中で――生き延びた友人二人と、剣一は向かい合っていた。涙と鼻水をそのままに、彼に縋り付く少年は怒りとも嘆きともつかない声色で訴えている。
事件を解決してくれた彼に当たるなど、筋違いも甚だしい。それを理解していても、突如喪われた友人の思いをぶつける充てが、他にないのだ。
剣一自身も、己の過失を重く受け止めているがゆえに、反論することもせず黙している。少年が言っていることは、彼が悔いたことと完全に一致しているのだ。
怒るわけにはいかず、それでも当たらずにはいられない少年。正しさに囚われたが故に罪の意識を背負わされた少年。
そんな友人達の痛ましい姿を、見兼ねてか。二人の様子を見遣っていたもう一人の少年が、咽び泣く少年の肩を抱いた。弟を慰める、兄のように。
「……もう、やめろデレク。ケンイチだって、助けたかったんだ。でも、傷付けるためにあの『力』を使うわけにはいかなかった。そうだろ? ケンイチ」
「……!」
その少年は、あくまで剣一の名誉を守ろうと、泣き笑いにも似た笑顔を浮かべた。悲しみを押し殺し、生き延びた友のために創り上げた――満面の笑み。
それを目の当たりにした剣一は、彼にそうさせねばならないほどの爪痕を残してしまった、と
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