後編 懐かしい香り
[2/7]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初
見出した彼女は。自分の死にすら気づけぬまま、目を見開いて永久の眠りに沈められてしまうのだった。
「――ぁあぁあああぁあッ!」
「お、おい!?」
「やめろバカ! 死ぬ気かぁあ!」
その残忍な所業が、姉を殺された少年の限界を突き崩す。三人組の一人は、強盗の所業に激昂するまま突進を始めた。
仲間達の制止を、耳にするよりも速く。
「……!」
強盗の銃口は、やはり少年に向けられる。少年も走りながら懐に隠し持っていた拳銃を引き抜くが、やはり相手の方が早い。
それを目撃した剣一は――本能で動き出した足を、理性で止めてしまった。
(ぼ、僕は……!)
この隙に着鎧甲冑を使えば、「救済の先駆者」のスーツで強盗に殴りかかることは可能だ。至近距離で撃たれては、着鎧甲冑の強化繊維でもただでは済まないが――スーツが持つ超人的な走力を活かせば、それより速く強盗を倒せる。
猛進する友人が撃たれるより早く。
だが。それは着鎧甲冑の力で、人を傷付けることを意味する。
この近距離では、着鎧甲冑でも撃たれれば負傷では済まないし、確実に友人が撃たれるより先に強盗を倒すには、今しかない。
しかし、今ここで着鎧甲冑を使えば強盗もただでは済まないし、甲侍郎が積み上げてきた理想を砕いてしまうことになる。
軍事企業からの話を断り続け、人命救助への力を守るために、身を粉にして働き続けた、大恩ある育ての親の理想を。
(ぼ、くは……)
信じられない、という気持ちもある。彼の全てが清廉なものではない、ということも知っている。近頃は、理想への疑いも深まってはいた。
それでもやはり、十年以上に渡り共に暮らしてきた育ての親には変わりなく、その中で育まれてきた愛情にも偽りはない。
だから、その理想を疑っている身でありながら――彼は、甲侍郎の理想を裏切ることに踏み切れず。着鎧甲冑の使用を、躊躇ってしまった。
「がっ……!」
「……っ、あ、ぁ……!」
その、心の底に残された愛情が。
姉の仇討ちに走る少年を、殺す結果を招く。
乾いた銃声が再び、ロビーに轟き。抜きかけた拳銃を手放した少年が、崩れ落ちるように倒れ伏した。
その胴体を中心に広がり、床を塗り替える鮮血の花。瞳孔が開いた彼の瞳が、虚空を見つめていた。
「あ、あぁああ……!」
それほどの過ちを犯して。
剣一は、ようやく気付いたのだった。自分の選択が、間違いだったことに。
(僕は、見殺しにするつもりなんてなかった! こんな、こんなはずじゃなかった! でも、でも、そうじゃなかったんだ!)
気がつけば、彼は声にならない嗚咽と絶叫を上げ、駆け出していた。その全身に、新緑のスーツを纏いながら。
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2025 肥前のポチ