第3話 用務員・才羽幸人
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誰が、こんなことを。そんな当たり前の疑念すら、頭から吹き飛んでいた。
もう少し近くにいたら。幸人の説教なんてしていなければ。ひた走る彼女の脳裏は、一瞬にして後悔の色に飲み込まれた。
もう、間に合わない。
その時だった。
「え――」
誰もが。本人までもが。真里と頭上の植木鉢に注目していた時。それ以外のものになど、見向きもしていなかった瞬間。
間違いなく先に走り出していた自分を風のように抜き去り、疾走する幸人の背中が見えた。
上着を脱いでいた彼は、体にメタリックレッドに塗装された鋼鉄製の袈裟ベルトを巻いている。その物体と風に靡く白マフラーが、ある存在を連想させた。
その光景に、恵の頭脳が追いつく前に。
幸人は袈裟ベルトのバックル部分のカバーを開き、その中に、懐から引き抜いた漆黒のカードキーを装填する。
「――接触」
彼の声と共に。バックルのカバーが、閉じられた。
『Armour Contact!!』
その電子音声が響いた、次の瞬間。
幸人の顔と全身を、真紅の仮面とヒーロースーツが覆い隠した。
さらにその関節各部が、黒と黄色のプロテクターに固められて行く。
その自動装着が完了し、首に巻かれた白マフラーがふわりと揺れた時。
『Awaken!! Firefighter!!』
最後の電子音声と共に、ヒーローと化した幸人が地を蹴った。この瞬間は、彼の後ろにいた恵しか見ていない。
人間の域を逸脱した跳躍力が、すぐさま彼の体を紙切れのように吹き飛ばして行く。向かう先は、植木鉢。
だが、彼は植木鉢を破壊して颯爽と登場、という派手なアクションは見せなかった。
あくまで壊さないように。真里の頭上を走り幅跳びのように飛び越した彼は、そのまま両手で優しく包むように、植木鉢をさらっていた。
「……っぁ……」
やがて、幸人は――「救済の遮炎龍」は、マフラーを揺らしてふわりと着地する。その後ろ姿を見つめ、真里は声にならない叫びを上げる。
そして真里の無事と噂のヒーローの登場に、ギャラリーの脳が追い付いたのは数秒後のことだった。
「きゃ、きゃあぁああ! 『救済の遮炎龍』よ!」
「な、なんでこんなところに!?」
「……だ、誰か会長を呼びなさい! きっと大喜びだわ!」
瞬く間に周囲を黄色い悲鳴が席巻する。幸人は無言のまま、ゆっくりと植木鉢を花壇のそばへ置き、素早く跳び上がってこの場から消え去ってしまった。
僅か一瞬、去り際に。恵と真里を、交互に見遣って。
「……う、そ」
理解が追いつかない。いや、追い付いたとして、受け入れられるだろうか。
呆然と立ち尽くして、恵はそう思案する。
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