第29話 天坂忠道の苦悩
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がっははは! 陸上辞めたってぇのに、まだまだ人気者なんだなァうちのドラ息子!」
「御父兄の方でしたか」
「ああ。しかし、悪いな兄ちゃん。今あいつ病院行ってんのよ、リハビリで。帰ってくるのは夕方になるんじゃねぇかな」
「この辺りで病院――となると、天坂総合病院でしょうか」
「おおそうだ。……兄ちゃん、うちのドラ息子に用があるんだったら店で待ってるかい? そのカッコは暑いだろう」
店主は男を店に招き入れようとするが、男は無用とばかりに手を振ると、一礼して踵を返してしまう。
「いえ、お構いなく。彼に励ましのお言葉をと思いましたので、早速、病院にお伺いします。お気遣い、感謝致します」
「いいってことよ。無理に止めはしねぇが、道中気をつけてな。――事故ったら人生、ひっくり返っちまうぜ」
「……そうですね。御忠告、痛み入ります。では……」
そして、どこか含みを持たせた店主の最後の言葉を受け――目を伏せた後。男は、次の目的地へ向けて歩み出して行く。
その目に宿る炎で、この猛暑を焼き払うように。
(……事故ったら人生ひっくり返る、か)
店主の残した言葉を、僅かに思い返して。
――その頃。
天坂総合病院の、とある診察室では――ある壮年の男性が、受け持ちの患者である少年と向き合っていた。
「陸君、足の具合はどうかね?」
「んー……すこぶる良し! いやー、案外ちゃんと動くんだね義足って」
「ここまで可動域が人間に近い筋電義肢が実用化されるようになったのは、着鎧甲冑が生まれて間もない頃……ほんの数年前のことなんだけどね」
「へー、そんなに前なのか。もっと最近のことかと思ってたよ」
「着鎧甲冑が世に出てからここ数年、科学技術は過去に類を見ない速さで発達しているからね」
だが、二人の間には単なる主治医と患者とは思えないほどの「近しい距離感」があった。しかしその一方で、医師の態度には気まずさや申し訳なさが漂っている。
「――だが、生身に比べれば不便であるには違いない。……すまない陸君、もっと精巧な義足さえあれば……」
「いいっていいって。おっちゃんがこれ作ってくんなかったら、今頃松葉杖か車椅子生活だったんだ。感謝してんだぜ、これでも」
「……ありがとう、本当に。君には、感謝の言葉もない……」
「あーもー、いつまでも院長先生がそんなメソメソしてちゃダメだろう! ガキはいつだって、大人の背中を見てんだぜ!」
「ああ、そうだな……すまない」
そう言って頭を下げる、壮年の医師の眼前には――「しょうがねぇなぁ」と苦笑いを浮かべる長身の少年の姿があった。
艶やかな黒髪と黒曜石の色を湛えた瞳は、精悍さと凛々しさを兼ね備え――その一方で、右頬に傷痕を残した端正な顔立ちは、幼い少年のような屈
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