第242話 「ありがとう」
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しかし。理屈ではなく――直感という、説明しがたい感覚で。
龍太は、導かれるように見送りの人々を見つめていた。その中に立つ、少女の姿を。
そして……互いの姿が視認出来ないまま、空と地に分かれて二人の視線が交わる時――
「……『アリガトウ』」
――ジェナは。生まれて初めて、「日本語」を使った。
日本を嫌い続けてきた彼女が、初めて使った日本語は――口にするには照れくさくて、それでいてどこまでも誠実な――感謝の一言だった。
仕事を抜け出しても。恥ずかしくても。口に出せるような言葉じゃなくても。
これだけは、言わなくてはならない。
その強い想いだけが、彼女を突き動かしていたのだ。
「……」
そして、ダスカリアン育ち故に日本語が不自由であった真壁も……この言葉だけは、よく知っている。物心がついた頃、両親から教わった最初の言葉だったのだから。
彼女が呟いた言葉は、先程の叫びと比べればあまりにも小さい。例え届けたい相手が近くにいたとしても、聞こえはしなかっただろう。
だが。
「はは……なんだよ。結局、来てるんじゃねぇか」
想いは。届いている。
一煉寺龍太には――届いているのだ。
不器用ゆえに真っ直ぐな、彼女の気持ちが。
「――来て良かったよ。ありがとう、みんな」
そして――満足げに微笑む彼が、そう呟いた頃。
「陛下。引き留めなくてもよろしかったので?」
「よくねぇよ。……でも、あいつの邪魔もしたくねぇ。それだけさ」
ダスカリアンの王室にて――ジェリバン元帥と共に、ダウゥは青く澄み渡る空を見つめていた。
この空を、あの人が飛んでいる。そう意識する彼女の瞳は、寂しさの色を湛えているようだった。
「それに――いつかまた、あいつには会える。……あの戦いを乗り越えて生きてなきゃ、それを望むことも出来なかったんだ」
だが、そんな暗い感情に飲まれてしまう彼女ではなく。
気を取り直すように顔を上げ――公務の際に見せる凛々しさとは違う、溌溂とした「素顔」をさらけ出し。
想い人がいるであろう大空を、元気に溢れた眼差しで見つめるのだった。
幼くも活気に満ちていた、あの頃のように。
「だから――『アリガトウ』。リュウタ」
――この日。
特別保安官、一煉寺龍太の任務は完了し――彼は、ふるさとへと帰還するのだった。
帰るべき場所へ。
帰りを待つ、人々の元へ。
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