第234話 伊葉和雅の償い
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の張本人である和雅は、迷いながらも答えを探そうとする彼女の眼を静かに見据え――
「君には、私が犠牲者に見えるかね」
――静かに、諭すように……呟いた。
「え……」
「いや、少なくとも君にはそう見えたのだろう。しかし、私は犠牲になるつもりで生きてきたつもりはない。一煉寺君だって、そうだったろう」
「……」
「人はそれが正しいと信じる道にしか、本気で生きることは出来ん。自分自身ですら信じられぬ生き方に、誰が命を懸けられようか。誰が、人生を捧げられようか」
和雅はあくまで穏やかに、彼女に自身の胸中を語り続けていく。子供をあやす、親のように。
「私も彼も。自分にとってはそれこそが真実の正義であると信じて、その道を選んだのだ。その理想のための戦いに身を投じて行くことが、犠牲になることだとは私には思えんよ」
「……そう、でしょうか」
「君も君が信じる正義のために、命を懸けているだろう。それは決して、君にとっての犠牲ではなかろう。それと同じだ」
「……」
樋稟はそれでも葛藤を乗り切れず、陰鬱な表情を覗かせる。そんな彼女を見守り、和雅はさらに言葉を重ねた。
「ラドロイバーも、凱樹も。恐らくは、かつての剣一君も。自分が信じた正義に生き、その代償として然るべき結末を迎えた」
「……」
「――しかし、私達の正義が目指す先は同じであるはず。ならば君も……心から、信じてあげなさい。彼も、そうであって欲しいと望んでいるはずだ」
「……ッ!」
その瞬間。
樋稟は桜色の唇を噛み締め、膝に置かれた拳を震わせた。
――自分はまだ、龍太に全てを預けられずにいた。彼を心の底から、信じ切れずにいた。
心配していない、と口にしていても……心のどこかで、彼を失うことを恐れていた。彼の力を、深い底の中で疑っていた。
その罪悪感から逃れるために、彼を犠牲にしてしまったと、自分を卑下していたのだ。本当に彼を信じていたなら、そんな言葉など出るはずがなかったのに。
それを、看破されてしまった。
完膚なきまでに。言い訳など、する余地がないほどに。
しかも彼は、あくまで樋稟を責めるようなことは言わず、優しく諭すように語っていた。
――そう、優しくされてしまっていたのだ。自分には、そうして貰える資格などなかったというのに。
龍太を信じ切れず、彼を犠牲にしたなどと……言ってしまったのに。
「私、は……!」
刹那。樋稟の頬を、熱い雫が伝い――白い柔肌に跡を残していく。
(……だから、私は……賀織に勝てなかったのかな……)
もっと彼を信じてあげられたなら、違う未来に繋がっていたのだろうか。そんなことはありえないと思えば思うほどに、その想いは強く彼女の胸を縛り付けていた。
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