第182話 どこまでも、いつも通りに
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身の関節からは煙さえ噴き出しているというのに。その奥から聞こえて来る笑い声は、あの日のままなのだった。
「よっ……と!」
「あ、にぎ……」
「あーバカ喋んな喋んな。傷に余計に響くだろーが。ここは愛しいお兄ちゃんに任せときなさい」
スーツに全身を密閉された状態で高熱を浴びることが、どれほど苦痛なのかは俺だって知っている。逃げ場のない苦しみが際限なく身体の隅々まで覆いかぶさる、あの感覚が……今も兄貴を襲っているはずだ。
――だというのに。
「てっ……天井がッ!?」
「樋稟ちゃん、ここは龍亮さんの言う通りにしよう! 止血剤の用意だ!」
「は、はい!」
「……信じられん。我ら三人でも全く動かせなかったというのに……!」
炎に包まれ震える両手で、今まで超人が三人掛かりで挑んでもビクともしなかった天井を、たった一人で動かし始めた兄貴は――どこまで追い詰められても、いつも通りだったのだ。
兄貴一人の力で動き始めた天井は、栓が勢いよくすっぽ抜ける直前のように、小刻みに震えている。その光景を目の当たりにして何かを予感したらしく、いち早く我に帰った古我知さんが救芽井に止血剤の指示を出していた。
「……すまねーな、樋稟ちゃん。大事なスーツ、ダメにしちまってよ。ここは俺の首一つで、堪忍してくれ」
表情を動揺の色に染めながらも、震える手で止血剤を握る救芽井。そんな彼女に向け、兄貴は小さく――何かを呟いている。
……なんだよ。首一つ、って、なんなんだよ。何の話だよ、それ。
そんな俺の胸中に気づくこともなく、兄貴は古我知さんと僅かに視線を交わし――互いに頷き合っていた。
――そして。
「じゃー、行くぜ」
あっけらかんとした、どこまでも「いつも通り」な掛け声と共に。
兄貴が扮する「救済の先駆者」は――幾多の鉄骨に貫かれた円形の天井を、俺の胸に刺さったモノを含めての、全ての鉄骨を。
一瞬にして、大穴が開いている天井「だった」部分から、この廃工場の外まで――投げ飛ばしてしまうのだった。
鉄骨を引っこ抜くとか、天井を退かすとか、そんなレベルの騒ぎではない。兄貴が一瞬の踏ん張りから繰り出した上方への衝撃が、俺を苦しめる物体の全てを吹き飛ばしていたのだ。
まるで、小さい頃の俺を虐めていた悪ガキを、土手から川までぶっ飛ばしていた時のように。……そう。スケールが違うだけで、兄貴がやっていること、やろうとしていることは……昔から何一つ変わっていないのだ。
俺を守る。ただ、それだけのために。
「――樋稟ちゃんッ!」
「はいッ!」
この衝撃的な光景を前に、ほとんどの人間は硬直してしまっており、周囲の時が止まっているかのような状況になっていた。
しかし、例外は
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