第160話 存在しない女
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と、錯覚させるように。彼女は、自らの存在を消し去ってしまったのだ。
「な、なんなんだよ、一体……!?」
「彼女はどこへ……!?」
さすがにこんな事態に出くわすのは、俺達も初めてだった。思わず互いを見合わせて、海面を二度見してしまう。
――だが、もう俺達にはうろたえるだけの猶予も残されてはいなかった。
「うッ! こ、この揺れは……!」
「まずい! もう船が割れちまう……! こうなっちまったら、もう逃げるしかねぇ! 悔しいが――脱出するぜ、旦那ッ!」
「……あ、あぁ」
俺達が立っている、船体前方。今まで軋み続けていたその床が、とうとう限界に達したようにひび割れ始めたのだ。傾斜もますます酷くなるし、そろそろ両足で立つのも無理になってきている。
これ以上の救助活動は――もう、無理か。
一方、フラヴィさんは一足先に、マントを膨らませながら外海に飛び出していた。
俺がそれに気づいた頃には、既に彼女はゴムボートを完成させつつ、ぶるるんっと胸を揺らしてそこに着地していたのだ。
「……くッ!」
そして、後ろ髪を引かれる思いで――俺もボートに向かって跳び、船外へ脱出する。
次いで、とうとう船体の前方がへし折れてしまい、前半分が海面に落下した衝撃が、津波のような波紋を生み出してしまった。
全てを飲み込むような轟音が、俺達に覆いかぶさって来る。もはや、逃げ場はない。
「来やがった……! 旦那ァ、しっかり掴まんなッ!」
「お、おうッ!」
俺達はその波の迫撃を受け、懸命にボートにしがみつく。
そしてこの勢いを受けて、俺達二人を乗せたボートは、仲間達が脱出した方向に押し流されて行くのだった。
その刹那。
俺の視界には――満月を横切るように飛ぶ、青白い光が映されていた。まるで、一条の流星のような……まばゆい輝きが。
――こうして、この救出作戦は一人の行方不明者を除き、全員が生還を果たす――という形で決着を迎えた。
確かに、あの状況でほとんどの乗客達が生き残れたのは奇跡と言っても過言ではない。今回の事故に於ける「レスキューカッツェ」の活躍は、正しく後世に残る偉業となるだろう。
しかし、俺の気持ちは晴れなかった。
行方不明者を出してしまったことだけではない。その女性の身元を掴めなかったことが、気に掛かって仕方がないのだ。
救出作戦後、乗客名簿等の記録で、死者や行方不明者を確認した際――「全員生還」という結果が出されていた。
つまり。
あのロングコートの女性は――名簿に載っていなかったのだ。
船に乗っていないはずの、女性の失踪。その事実は報道されず、現在は「乗客達全員が奇跡の生還を果たした」という結果のみが公表されてい
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