第160話 存在しない女
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み出た。
――その時だった。
「意味があるのでしょうか? そんなことのためだけに――着鎧甲冑の力を行使して」
「……!?」
「救うことよりも、壊すことの方が何倍も簡単だというのに。着鎧甲冑は今まで大勢の命を、そうやって助けてきた。その力の用途が武力に向けられた時のことを、考えてみたことは……ありませんか?」
「な、何を言って……!?」
女性客がようやく口を開いたかと思えば――出てきたのは、着鎧甲冑についての話だった。救うだか壊すだかよくわからんが、今はそれどころじゃないはずなのに。
……しかし、なんだろう。同じようなことを、以前にも聞いた覚えがある。この話はまるで……?
「いつか着鎧甲冑は、兵器になる。平和利用のために生まれてきた技術は、全てその道を辿ってきた。今は綺麗な仮面を被っていても、いつかは必ずそれを剥がされる。……あなた達はそれでも、救芽井家の高尚な理念を守り通せるのでしょうか?」
女性客はそんな俺の思案をよそに、今度は手すりの上に両足で立ち上がっていた。漆黒のロングコートと金色の長髪が、風を強く浴びて旗のように靡いている。
この行動に危機感を覚えた俺は、一気に引き返して再びマントをつかみ取る。それと全く同じ動きを見せるフラヴィさんも、同様の危惧を感じていたようだ。
「まさか飛び降りる気か!?」
「マントを広げるぞ! 急げ旦那ッ!」
俺とフラヴィさんは示し合わせるように、同時に白いマントを精一杯広げた。
ますます大きくなっていく、船体が裂ける轟音のせいで女性客の話はよく聞き取れなかったが――今は彼女の言葉に耳を傾けている場合じゃない。
そして、そんな俺達を一瞥した女性客は――
「私は、それを知りたい」
――小さな声で、何かを呟くと。
「なぁッ……!?」
飛び降りてしまったのだ。俺達どころか、この階の手すりまで越えて、船の外にまで。
普通の人間なら有り得ない跳躍力。それを見せ付けられた俺達は、一瞬だけ呆気に取られてしまったが――
「くッ……!」
「な、なんてこったい!」
――すぐさま我に返り、彼女を視線で追うべく後ろを振り返った。そして手すりに駆け付け、そこから海面を見下ろした……のだが。
「い、いないッ!?」
「そんな……どこへ!?」
彼女は、既に姿を消していた。
ただ飛び降りただけなら、海面に衝突して水しぶきを上げるはず。だが、そんな衝撃音は聞こえてこなかったし、それらしい波紋も伺えなかった。
そもそも、この高さなら今も落下中のはず。彼女が飛び降りてから俺達が反応するまで、二秒も経っていないのだから。
本当に、何の痕跡も残さず。姿も見せず。
まるで、そんな人間は初めから存在していないのだ
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