第160話 存在しない女
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い回ったはずなんだが――
「おいッ! あぶねーぞアンタ! 今すぐそこから離れるんだッ!」
――ッ!?
「今のは……フラヴィさんかッ!」
行く当てを見失い、どうするべきか考えあぐねていた俺の耳に、聞き覚えのある怒号が突き刺さる。場所は……船内じゃない! 外にいるのか!?
声が聞こえた方向を探った先にあったのは、外部に繋がる廊下だった。さっきのフラヴィさんの口ぶりから察するに、女性客も外に出ているらしい。
よかった……! なんとか全員水没は免れそうだぞ!
「フラヴィさん、かなり焦ってるみたいだった……何があったんだ……?」
――そうして希望を感じる一方で、焦燥感に溢れていたフラヴィさんの声色に、俺は一抹の不安を感じていた。彼女の切迫した叫び声から察するに、女性客が危険な状況なのかも知れない。
何が起きているのか。何が起ころうとしているのか。その真相を突き止めるべく、俺は燃え盛る廊下を駆け抜けて――一気に外へ飛び出した。
「なっ……!?」
そこで、目にしたのは。
女性客が火に囲まれ、窮地に陥っている――のではなく。
「――来ましたね」
上の階の手すりに腰掛け、足を組み、悠然と佇む姿だった。少なくとも火災に巻き込まれ、逃げ遅れた人間が見せる様子ではない。
熱風に煽られ、流水のような曲線を描いているブロンドのロングヘアからは、優雅な印象すら感じられてしまう。
外見は……二十代後半くらいだろうか。黒いロングコートで全身を覆う姿からは、ミステリアスな雰囲気が滲み出ている。
組まれた足は滑らかなラインを描く一方で、かなりの長さであり、長身の持ち主であることが窺い知れる――かな。
こちらを見詰めている鮮やかな碧眼は、自身の周囲を焼き尽くしている炎のことなど、まるで意に介していない。女性客はまるで高見の見物でもしているかのような物腰で、俺達を手すりの上から見下ろしている。
……だが、「来ましたね」ってのは……どういうことなんだ? やけに落ち着いている上に、まるで俺を待っていたと言わんばかりの口ぶりだ。
穏やかで優しく、それでいて相手を捉えて離さない。そんな逆らえない何かを刻み付けるような――不思議な声色だった。
何者も寄せ付けない煌めきを漂わせる白い肌には、何の外傷も見られないし、怪我はしていないようだが……だからといって、この落ち着きは普通じゃない。
――まるで、自らの生還が確定しているかのような佇まいではないか。
「フラヴィさん、彼女は……!?」
「おっ……おお!? 旦那か! なんだってこんなところまで――って聞いてる場合じゃねぇな。残りの乗客は彼女だけなんだが、どうも様子が普通じゃねぇんだ。見りゃわかると思うが……」
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