第152話 三十六年前の死
[1/3]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
一九九四年。三つの民族が暮らす、とある国のどこかの戦場で、人々の死が漫然と繰り返されていた。
風を切り、何かが落ちる音。
それに次いで、鼓膜を破るような爆音と共に、建物が次々と弾け飛んでいく。
無造作に飛び散る瓦礫はあられの如く降り注ぎ――逃げ惑う人間を、次々と押し潰していく。
殺す意図も何もない、ただ爆発によって建物が壊れただけ。それだけで、多くの人間が。誰かにとってはかけがえのない誰かが、蟻のように、大勢。死んでいく。
人を潰した瓦礫の下からは、赤い何かが弾けたように広がっていた。まるで、水風船を破いた後のように。
その瞬間を目の当たりにして、悲鳴を上げる者もいた。しかし大半は、自分が生き延びることだけをただ切実に願い、何かを叫ぶこともなく、ひたすら走り続けている。
誰かが、それを咎めることはない。自分も、隣にいる女や子供も大人の男も、考えていることは皆同じなのだから。
「あ……」
その中に、一人。
逃げ惑うことも出来ず、生きるために抗うことも出来ず。ただ呆然と蹂躙される街と人々――そして、災厄をもたらす空を見つめる少女がいた。年齢は、恐らく十四くらいだろう。
家族とはぐれた上に足を捻り、助けてくれる大人もいない。そんな絶望的な状況に追い込まれた少女は、虚ろな碧い瞳に、有りのままの惨劇を映している。
ただ人々を踏みにじるだけの、つまらない映画を流すプロジェクターのように。
艶やかなブロンドの長髪も。みずみずしい白い肌も。全て混乱の中で汚され、身につけていた蒼く愛らしいドレスも、埃や血を浴び、今や見る影もない。
この街を襲っているのは、セルビア人勢力の迫撃砲。その砲撃を浴びている、この都市――サラエボに住んでいた少女は、セルビア系の血を引いていた。
瓦礫に囲まれ、砲弾の脅威に晒され続けている彼女を誰も助けなかったのは、そういうことだったのかも知れない。
――だが。
「大丈夫ッ!? 足をくじいたのッ!?」
それだけが、現実ではなかった。
「……え」
砲撃の雨は続いているというのに。今もなお、悲鳴と爆音と怒号が激しさを増しているというのに。
そこへ駆け付ける者の叫びが、確かに届いたのだ。「諦める」ことを余儀なくされていたはずの、少女へと。
「ちょっと見せて頂戴。――どうやら、軽い捻挫みたいね。とにかく、ここから離れましょう。近くに砲撃頻度が少ない場所があるから、ね?」
誰かが自分を助けに来た。その事実を飲み込めずにいた少女の気持ちを置き去りにするように、彼女の前に現れた一人の女性は、手早く彼女の肩を支えて立ち上がらせた。
歳は二十代後半程度で、髪の色は黒く「動きやすさ」のみを追求するかのように、ひたすら短く切り詰めら
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ